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覚悟を決めて、餅を口元に持ち上げる。

(それにしても・・・やっぱり餅、デカ過ぎだろ?)

こんなの丸呑みできる訳がない、人の消化器官にするする通れる物体とは思えない。なにぶん三日夜の餅を見るのはこれが初めてなので正規の大きさは知らないが・・。
疑問を覚えつつ箸に餅を挟んだまま、ティキはちらと傍の女房を見た。

(意図的に大きくしてんじゃねぇだろうな)

「なにかございましたか」
「・・・・・いんや、別に」

まず一口で入る代物ではないから、どうやって食すか考えよう。噛んではいけないらしいので箸で押し込むしかないか。しかし見れば見るほどこれを丸呑みす自信がなくなる、大きさもさることながら弾力もあるので。
頑張って飲み込めたとして、これは器官を通ることなく詰まってしまうのではないか。そうするとかなりの確率で儚い運命を辿ることとなるだろう。それはシャレにならん。

(ん?)

ふとこちらを注意深く凝視するルルと目が合った。すぐに逸らされたのだが、その目を見たときにティキは確信を得た。間違いなく、この餅は正規の大きさではない事が。
食べて欲しいのか欲しくないのか、とにかく彼女の視線は罠にかかる鼠を見ているような鋭さがあった。
思わずゴクリと唾を飲む、冷たいものが背筋をつたう。ふいに感じた恐ろしい予感に箸を持つ手は動かなくなった。まさか、いや、もしかして・・と頭の中がグルグルと回る。

(これ・・・毒、入ってないよな?)

彼女の目は緊張感を含んでいた。それは結婚するからとかそういった微笑ましいものではなく「やるかやられるか」的な、後戻りできない人間が見せる張り詰めた何かであった。
いやまさか、とその考えを否定するように首を振る。なぜそこまでする必要がある、それほど嫌ならもともとこの縁談を受けなければいいだけではないか。
たとえ千年公が無理にこの話をすすめたのだとしても、何度か手紙をやりとりしている段階で「嫌だ」という素振りをみせてもよかったではないか。

「・・・・・・」

というかあの手紙は本当にルルが書いたものなのだろうか。この流れだと、どうも女房の誰かが代筆してたような気がする。むしろそのほうがしっくりくる。思い返せば年寄り臭い文面で、やたらと気候の話が多かった。
それを「古風な姫君」といいふうに解釈していた自分になんだか無性に泣きたくなってくる。
ティキは餅と箸を銀盤に戻し、ため息をついた。

「一つ、聞いておきたいんだけど。あんたほんとにオレと結婚する気あるの?」
「・・・・」
「いや取次ぎはいいよ、直接聞いてんの。ほんとは嫌なんじゃないの?違う?」

ルルはティキを一瞥しただけで返事はしなかったが、否定する素振りはなかった。
だろうな、と心の中で呟きどうしたものかと考える。割り切って夫婦になるのもありはありなのだが、目の前の彼女の様子に実はひそかに気になっていたことを、ティキは躊躇わず聞いた。

「もしかして、好きな男がいる・・・とか?」

その言葉にルルの眉根が僅かに寄ったのが見えた。図星らしい、なるほどそういうことか。ティキは口の端を上げてようやく見えてきた糸口を辿り寄せる。

「そういうことなら納得だ。まあ、こういった縁談は家同士の縁談みたいなもんだし・・心ならずもという所はあるだろ。お互いに」
「・・・・・」
「オレも大層な人間じゃないし、別に妻が愛人を持っていようがとやかく言うつもりはないよ。よその男と鉢合わせってのは今までない訳じゃなかったし・・あんたも千年公にこの結婚押し付けられたんだろ?気持ちは分かるよ」

心の広さを見せつつ同情的に語りかけ、少しでもこの張り詰めた空気をほぐそうと試みる。それと共に銀盤の餅を何気なく箸で検めて毒の気配を探る。銀は毒に反応し変色するからだ。
手に持っていた木の箸をこれまたさりげなく銀の箸に持ち替えようとしたとき、ティキの視界に凄まじい勢いのなにかが飛んでくるのを感じて咄嗟に頭を屈める。頭の烏帽子にソレが当たり、奇妙な衝撃と共に烏帽子は床に落ちた。

「勘違いするな、下衆が」
「・・・・・は?」

ぽかんとして目の前のルルを見上げると、眉を吊り上げ凄まじい形相でティキを睨んでいる。口元をかざしていたはずの扇がない、どうやらさっき飛んできたのは彼女の扇だったらしい。

「貴様・・・言うに事欠いてお父様を誹謗するなど、許せん」
「ル、ルル姫?えーと、なんのこと?オレは別に・・」
「言っておくがお父様はそれはお優しく素晴らしい御方だ、今まで一度たりとも私に何かを押し付けるなどということはなかった。今回もそうだ」

目を剥いて睨むその顔はなまじ美形なだけに迫力満点であるが、ティキはそれよりもさっき落とされた烏帽子を見てサーッと全身の血の気が引く。真っ二つに切り裂かれているのだ。

よく見ると、飛んできた扇の先端に刃物が仕込まれているではないか。

どういうことだ、ルルは千年公の一人娘で深窓の姫君だ。噂では奥ゆかしく知的な女性・・だったはず。こんな物騒な女ではない。
偽者か、と一瞬思ったもののそれもすぐに打ち消される。どこの世界にこんな威圧感たっぷりの偽者がいるのか、普通偽者というのはもう少し謙虚なものだ。

(・・・・・うわぁ・・マジなの?これ)

引き攣った苦笑いしか出ない。毒入り餅の可能性がさらに強まったのを感じながら、おそるおそるルルを窺う。こちらから目を逸らさず睨み続けるその姿はさながら蛇のようで。
ティキは蛙のごとく油汗をかきながら、本気で逃げ出したくなる。こんな恐い女と誰が夫婦になるというのだ、勘弁して欲しい。ミランダのことがなければ今すぐにでも全力で逃げ出しているであろう。
いや本心ではどうやって逃げ出そうか考え中である。しかし昨夜半裸で逃げ出した前科があるだけに、これ以上見っとも無い姿で逃げ出したくなかった。今夜は人目も多く噂に立ち易い、穏便にはいかない可能性が大きい。




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