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三日夜の餅というのは男が女のもとへと通った三日目の夜に2人で餅を食べる儀式である。これで結婚が成立し男は女の親族に婿として迎えられるのだ。

銀盤にのった餅を男が食べる。「縁を切る」という言葉から噛んではいけない、丸呑みである。
数は三つ。それ以上でもそれ以下でも破談であり、その儀式をつつがなく終えないと婿としては認めてもらえない。
物語などでは2人でいる寝所に女房がそっと持ってきて、男も女もやや恥じらいつつけれど緊張した面持ちで頂くのが定番である、その三日夜の餅。



(・・・・・・遠い)


予想はしていた。
しかしさすがに今夜ばかりは違うだろう、そんな甘い考えがあったのも事実。なにしろ今夜は「2人で」餅を食べなければならないのだから。

ティキは幾重にも重ねられた森のような几帳を見ながら、その先にいる自分の妻になる女の考えが分からなかった。
ルルは自分と接触しようとしない。手紙で何度かやりとりした時はそれなりに気のある素振りもみせていたのだが、いざ本番となるとこの有様である。
ざっと見回して女房は5人、どれもみな年をとっており灰色がかった髪の者ばかりだ。この中に昨夜の老女がいるのではないかとソワソワしたが、彼女達は微塵もティキに興味を示してはいないので違うらしい。
ホッとしつつ、目の前に置かれた螺鈿を施した箱の蓋にのった「三日夜の餅」をまじまじと見つめた。餅は三枚の銀盤に盛られ、銀の箸台に銀と木の箸が二双添えられてある。

(餅・・・デカ過ぎないか?)

話には「丸呑み」しないといけないと聞いていた。しかし一つ一つが子供の拳くらいある、これでは窒息するのではないか。
ちらと傍にいる女房を窺うと、まるで「食べろ」と言わんばかりにこちらを見ているのでティキは片眉をぴくぴくと痙攣させた。さすがにここまできて黙って餅を食べるほど従順な人間ではない。
この3日間で大方の予想はついている、ルル=ベルが自分と結婚する気がないことを。初夜に扉の閂が下ろされていた時から気付いていたが、シェリルの口車に乗せられ二晩も訪れてしまった。

「・・・・・」

ティキは餅から目を背けおもむろに立ち上がると、目の前の幾重にもなった几帳を睨みつける。その様子に傍にいた女房が声をかけようとしたのも無視し、手前の几帳を軽く押した。
一つ、また一つと几帳が将棋倒しになり、妻となる人がいるであろう御帳台があらわれた。ぴっちりと帳が下りているのでもしかしたら誰もいないのかもしれないが、控えている女房の顔が強張っているのが見えてたので、誰かしらいるのだろう。
偽者にしろ本物にしろ。

「どうかされましたか、中将さま」

萎びたその顔を微動だにせず、一番古参らしい女房がティキの前ににじり出た。御帳台の中は見せないという意図なのだろう。

「さすがに、顔も知らない女と結婚はできないだろ」
「申し遅れましたが、姫様は今宵はたいへんお加減が悪うございましてこちらに臥せっておりますれば・・」
「別に寝てたって顔くらい見せれるんじゃねぇの?それに夫が妻の体調を気遣うってのは普通だろ、なあ?」
「そうは申されましても今宵は花嫁としてのお務めもございます、また弱っている姿を殿方に見られるというのは女からすれば恥ずかしく思うものです」

この御帳台は開けさせない、と言わんばかりに女房は鼻の穴を広げてティキを見上げた。けれど帳の中から扇をパチンと鳴らす音がして、2人は視線を向ける。
帳台の傍に控えていた女房が命じられたらしく、するすると帳を巻き上げるとまた一つ几帳が現われた。どうやらその先に本人がいるらしい、周りの女房達の顔に動揺が走っているのが分かる。

「もうよい」

几帳の奥から張りのある若い女の声がしたので、ティキはどうやら今度こそ本物らしいと安堵とともに何が臥せっているだ、と心の中で毒づいた。
とうとう対面かと思うと、この3日間の苛立ちや恨みがむくむくと顔を出す。とくに昨夜の恐ろしい件では本気で泣きそうになっただけに、ひときわ許しがたい。
身代わりを立てられたというのも許せないが、よりによってなぜあの老女だったのか。せめてもっと若ければここまで心の傷にはならなかったろうに、あの老女の手練に心ならずも反応してしまった自分が恨めしい。

ふと、ルルの蘇芳の表着と白い袿の重ねが几帳からのぞいているのが見えた。花嫁らしい白を使った色合わせに少しは気を取り直したが、その程度では湧き上がる思いを押し留めるまではいかなかった。
ティキは意気込んで、隔てていた几帳を押し退ける。

(・・お)

ルル=ベルは噂通り、黒く豊かな髪をした美形・・かなりの美形であった。
思わずティキは後ずさりしてしまう。それは美貌に見惚れた・・・わけではない。彼女の蔑みを込めた視線に少し怯んでしまったというのが正解かもしれない。それは今にも「無礼者」と言われそうな威圧的な視線であったから。

確かに家格でいえば千年公のほうがはるかに格上である。もしかしたらルルは格下のキャメロット家との結婚は不本意であったのかもしれない。
しかしティキだって中将でそれなりにエリートコースを歩んでいるわけだし、見た目だって悪くない。いやかなりいいと自負している。千年公の家柄までいかなくても名家の姫君との縁談は数多もあった。
キャメロット家だって由緒あるものだし、家長のシェリルだって大納言だ。だから一方的に下に見られるいわれはない。そもそもルル=ベルだって結婚するには少々とうが立っているではないか。ミランダほどではないが、嫁き遅れと言ってもいい。
普通それなりの名家の娘なら早くて12、平均15,6歳で結婚だろう。たしかルルは都中の男達が狙ってそれはそれは熾烈な争いがあったらしいが、噂ではどの話も当人からにべなく断られたそうだ。

それが今回シェリルの働きかけによってアッサリと縁談がまとまった。ロードの入内話が裏にあるのは確かなのだが、実際は千年公側も婚期の遅れがちな娘の心配があったらしい。
目ぼしい名家の子息が続々と結婚していくなかでの今回の縁談話。色々な思惑も絡み、とりあえず家柄や位からして千年公の家に恥ずかしくないティキを婿に迎えることにしたのだろう。

「えーと、あの・・」

とりあえず立ったままでいるのも妙なのでその場に腰を下ろす。ルルの方が土敷の分一段高く、どうも見下ろされているようで落ちつかない。けれど気を取り直し、ティキはずっと気になっていた事を口に出した。

「あのさ、あんたオレのこと嫌いだろ?」
「・・・・・」

ルルの柳眉が僅かに吊り上る。けれどそれ以外の反応はなかった。深窓の姫君らしく優雅な動きで扇を口元をかざし、ティキから目を背ける。それは「だからどうした」と言外にほのめかす仕種だった。
ちらと見せた視線には嫌悪感がありありと見て取れ、ティキは顔を引き攣らせる。自慢じゃないが女からこんな目で見られたことはない。理由は分からないが、思い切り嫌われているようだ。
予想はしていたがこうあからさまだと怒りよりも脱力感のほうが先にわく。は、と苦笑いをすると烏帽子をずらして頭を掻いた。彼女はパチンと扇を鳴らして近くの女房を呼ぶ。どうやらティキとの取次ぎをさせるらしい、直接口を利くのも嫌なのか。

そろそろと先ほどの古参の女房が2人の間に入り、ルルの言葉を伝える。

「姫様はやはりお加減が悪うございまして、このまま起きておられるのも辛いとのこと。中将さまにおかれましては儀式をすすめられまして、姫様をお楽にしてあげて下さいませ」
「お楽って・・つまり、餅を食ったらとっとと出て行けってことかよ」
「奥方様の体を気遣うのが優しい旦那様でございます」
「・・・・・」

別の老いた女房が三日夜の餅をのせた蓋を持ってきてティキの前に差し出した。こんな状況で夫婦になれというのかと文句を言いたいが、老女房達の無言の圧力とルルの威圧感に負けて、ティキは箸を取り餅を掴んだ。
世の中、別に相思相愛同士が夫婦になると決まっているわけではないし、とくに今回はシェリル側の利が絡んでいるわけだからこちらの立場が弱いと言えなくもない。ルルだって、もしかしたら千年公からの命令でイヤイヤこの話を受けたのかもしれない。
正直言ってこの「お姫様」と今後睦まじい関係を築いていくのは難しいと思うが、政略結婚なんてそんなものだ。上手くいってるふうに見えるシェリルだって妻のトリシアに隠れて愛人の1人や2人いるのだから。

ティキはそう自分を納得させながら、さっきまであった悶々とした気持ちをなんとか治める。シェリルの言うままにするのは癪にさわるが、今朝のミランダが見せた腹立たしい表情を思えば何てことはない。
なによりティエドール家と繋がりを持たれるよりは数段マシだ。最悪を回避出来るなら、餅くらいいくらでも食べてやろうじゃないか。



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