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ドタンガタンと何かが倒される音や、弱々しい泣き声がミランダの部屋から聞こえると、フェイは軽く眉をひそめる。

(・・ティキ様)

どうやらもう見つかってしまったらしい。相変わらず鼻がきく。
ガッターンという大きな音がすると、フェイはこめかみを押さえた。これ以上調度類を壊すのはやめてもらいたい・・。
毎度毎度の兄妹喧嘩。(ティキが一方的に罵るだけだが)
しかしフェイには分かる。今回のそれは単純な喧嘩ではない、おそらくはティキが・・気づいたのだろう。

(まったく、こういう事となると・・勘が鋭いのだから)

ティエドール邸に袱紗を届けてきたフェイは、帰るなりの状況に嘆息しつつ足を早めた。


◆◇◆


「あくまでシラをきろうって訳か」
「で、ですから・・な、何のことか・・」
「そうやって目を逸らすあたりが、胡散臭いんだよ」

すぐ鼻先でじぃぃっと探るように見られれば、何も無くても目を逸らしたくなるだろうに。もちろんミランダの場合は確かに後ろ暗いことがあるから、逸らしてしまうのだけれど。

室内はかなり荒れて、几帳が倒され茵(しとね)はひっくり返り、二階棚は倒され箱という箱は中身が飛び出ている。
ミランダは屏風の後ろに逃げ込んでいたのだが、探し物が無いのが分かるとティキは、ミランダを引きずり出し苛々した口調で聞いた。

「どこに隠した?」
「えっ?・・」
「袱紗だよ、袱紗」
「!」

袱紗、と聞いたとたんミランダの顔が分かりやすすぎるほど強張ったのを、ティキは確信を得たように邪悪に笑う。

「やっぱりな」
「へ?な、なんの事・・でしょうか・・」
「いいからとっとと出しやがれ、だいたいお前が持っていたって仕方のないもんだろうが」

言いながら身体検査のように袿の袖をひっくり返し、袱紗が無いかを確かめるので、ミランダはいくら兄とはいえ恥ずかしくて再び屏風の後ろへと逃げ込む。
けれどそうはさせるかとティキが袖を引っ張ったので、ミランダはつんのめりそのまま屏風に顔面を強打してしまった。

バターン!と大きな音を立て、屏風と共に倒れたミランダは、なんだか急に悲しいような気持ちになって涙がジワと溢れてきた。
グスグスと鼻水をすすりながら、よろよろと体を起こし兄を見上げると、ティキは容赦ない様子でミランダの手首を掴み引き上げる。

「お前・・まさか妙な事を考えてんじゃないよな?」

形の良い眉を寄せて、睨むようにミランダを見た。

「・・え?」
「あのマリの奴とどうにかなりてぇとか、色ボケかましてんじゃないだろうな」
「なっ!・・何を、そ、そんな訳ないじゃないですかっ」

涙も引っ込み驚きから一気に顔が赤く、ブンブンと首を振った。
なんてことを言うのだろう、そんな大それた考えちらりとも浮かんでなどいない。
確かにとても立派な印象で、素敵な人だったけれど・・あんな人が自分のような女を相手にするなど想像もつかない。

「・・本当か?嘘ついたら承知しないぞ」

言いながらミランダの両頬をぐいっと引っ張るので、痛みから涙が再び溢れる。

「うっ、うほあんれふいれあへんっ!」(嘘なんてついてません)
「そんじゃ、とっとと出しやがれ」
「ひ・・ひりあへん」(知りません)
「おい、今また目ぇ逸らしたろ」

ぐにゅうと頬を抓り上げる。

「ひ、ひあいっ!ひあいれふっ!」
「いい加減に白状しろよ?俺だっていつもいつも優しくなんてしてられねぇんだぜ」

いつも小突かれ抓られ引っ張られ、そんな風に扱われているけど。どの辺が優しいティキなんだろうか。涙目でそんな事を思っていると、ふいにコホンと咳が聞こえてフェイが立っているのに気づく。

「ティキ様、お探しのは藍色の袱紗ですか?」

突然割って入った声に、やや面白くなさそうにティキは手を離すと視線を動かし、

「知ってんのかよ」
「ええ、私がお預かりしてましたから」
「・・・・なに?」

うろんな目つきでフェイを見る。どうにも信用ならないと言った様子だ。フェイは顔色一つ変えずに頷くと、

「はい。ティキ様の扇を最初に受け取りましたのは、私です」
「ほう・・そんじゃあ、見せてみろ」
「いえ、もうございません。先程ティエドール邸へ届けに行って参りましたので」

事務的な淡々とした口調で言った。

ティキはフェイの言葉に一瞬納得したように、眉間のシワを緩めたがすぐにある事に気づいてミランダを睨む。

「おい、そんじゃ何でさっきしらばっくれていやがった」
「えっ・・!」
「お前付きの女房のやる事を、なんで知らないんだよ。おかしいだろうが」

確かにその通りである。赤く腫れた頬を摩る手を止め、ミランダは顔を引き攣らせた。

「そっ、それはあの・・」

ミランダはひぃぃ・・と肩を竦めて瞼をかたく閉じる。フェイが再び咳ばらいをしながら、ティキに近づくと、

「あの、それは・・シェリル様のことがあるからです」
「・・・シェリル?」
「ティキ様が参内された後、今朝の事をシェリル様が聞きにいらして、その時に私が仔細を・・」
「おまっ・・話したのか!?」
「はい。それでお詫びも兼ねてティエドール邸へ私が使いとして参りましたが・・何か?」

怪訝そうに見るフェイの視線に怯むように、ティキは気まずそうに目を逸らす。そうしてミランダをじろりと見ると、

「嘘なら承知しねぇからな」

親指と人差し指で、額をぴんと弾いた。

「・・・・・」

涙目で額に手をあて、ミランダは複雑な気持ちでフェイを見る。シェリルにティキの昨夜の件を聞かれてなどいない。おそらく責められるミランダに、助け舟を出してくれたのだ。

「ティキ様、そろそろお支度をされないと。今日もルル様のもとへ行かれるのでは?」
「うるせえな、言われなくても分かってるよ」

ルルの名前が出たせいか、ティキの顔はむったりと不快そうな様子を見せる。
もうじき日も暮れるから身支度を整え、結婚第二夜をつつがなく済ませなければならない。
まだなんとなく釈然としないようだが、とりあえず袱紗はもう無いという話で、ティキはこの件から手を引く事にしたらしい。

「おい」
「は、はいっ?」
「もう一回聞くぞ、本当に知らないんだな?」

じぃっと探るように見られる。ミランダは目を逸らしたくなるのを必死でこらえつつ、

「・・・・はい」

小さく頷き、不自然に瞬きを繰り返す。
納得いかないふうであったが、時間も時間なのでティキは苛立ち気味に頭を掻くと、ミランダをひと睨みして部屋から出て行った。

足音が遠のくのを感じると、ミランダとフェイは顔を見合わせホッとため息をつく。

「行きましたわね」
「だ、大丈夫かしら・・シェリルお兄様の名前を出しちゃって」
「大丈夫ですよ、ご本人に後ろめたい事があるようですから確認したくてもできません」
「・・そう?」

頷くフェイを見ながらも、ミランダは不安げに遠くなるティキの足音を聞いた。
フェイは辺りを見回し人がいないのを確認すると、倒れた几帳を起こしその中にミランダを引き入れる。

「・・ノイズ=マリ様からのお返事です」

そっと懐から取り出したのは、綺麗な薄様を結んだ手紙。

「えっ!?」
「シィッ、声が大きいです」
「で、でもっ・・だ、だって、まさかっ」

顔を真っ赤に染めて、あわあわと動揺しながら手紙を受け取ると、少し不安そうにフェイを見て。

「あの・・いきなり届けて・・ご迷惑そうじゃなかった?」
「いいえ」
「私の、噂のこともあるし・・本当に?お嫌そうじゃなかった?・・」
「感謝されてましたよ、とても」

フェイの言葉にミランダの顔はますます赤くなり、持っている手紙を大事そうに胸にあてる。そんな様子を何かを思うように見つめると、フェイは少しだけ躊躇いつつも口を開いた。

「あの・・お聞きしてもいいでしょうか」
「なあに?」
「例えば・・中将様が、ミランダ様との結婚を望まれたとしたら・・お受けする気持ちはありますか?」

ミランダは一瞬何を言われているか分からなくて、ポカンとした顔でフェイを見る。

「・・・・え?」
「あります、よね?」
「えっ、ええっ・・?」

問い掛けから確認へと口調が変わり、ミランダは混乱と動揺から首をブンブンと横に振る。

「な、な、何を言ってるの?そ、そんなこと・・どうしていきなり、な、なんで?」
「それは・・・・・いえ、なんとなくです」
「そっ、そんなの、私なんか噂もあるしこんな年だし、中将様に失礼だわっ・・だ、だめだめっ!絶対にだめっ」

考えられないと拒絶しながらも、ミランダの顔は真っ赤で。明らかに意識しているのがフェイには分かった。
噂はさておき、確かに年齢的には嫁き遅れ。老嬢と称されても仕方ない年頃である。
けれどあちらもいい年して浮いた噂一つないし、こちらが一方的に卑屈になるのもおかしな話だ。

(でも、そんな事を考えるのも・・・意識している証拠かしら?)

今にも湯気が出そうな程熱くなった顔で、大事そうに手紙を握りしめるミランダを見ながら、フェイはふと、ティエドール邸で会った奇妙な・・いや風変わりな男を思い出した。


(本当に・・おかしな男だったわ)



◆◇◆


フェイはミランダが結婚することを、積極的に望んでいない。

ミランダの乳母が自分の母親であった為、幼少の頃より姉妹のように育ったフェイは、ミランダの人となりをよく知っていた。

一夫多妻で通い婚のこの時代、男をつなぎ止めておくには実家の財力は勿論だが、女側の資質も重要である。見た目の美しさや詩歌や琴などの趣味、気立てがよく機転もきく・・そんな女でなければ自然と男の足も遠のくだけ。
待つ女の悲哀を題材にした和歌や物語を読むたびに、フェイは女という生き方の不自由さと不条理さを感じていた。

結婚をして、ミランダが幸せになるとは思えない。
小さな頃から不器用であまり物覚えも良くなかったミランダは、琴や詩歌などは悲惨と言うしかなく。頭の回転も良くない為、何かやろうにも失敗ばかりで、結果周りに迷惑をかける事も多かった。
兄達の財力目当ての男しか寄ってこないのは目に見えていたし、一途に男の訪れを待ち続ける・・そんな結婚生活を想像できてしまうから。

けれど、ミランダが恋愛という物にひそかに憧れを抱いているのをフェイは知っていた。口に出して言うことは無いが、身近にいればそれも分かる。

噂のせいで縁遠くなったミランダは、年齢的に見ても恋をする機会はもうないだろう。
だから・・もし、万が一恋をしたら叶えてやりたい。結婚には否定的なフェイだが、人情ではそう考えていたりもした。

熱っぽい瞳で袱紗を見つめているミランダに、手紙を書くよう勧めたのはフェイだ。
あのノイズ=マリという公達を、どうやら気になってしまったらしい。かなり意外である。

正直、見た目は強面で体もかなり大きい。フェイが知る限り、あの手の男性をミランダは苦手だったはずだ。まあ、物腰は柔らかく話す言葉も誠実そうではある。兄君のティキとは正反対のタイプ。
『不幸姫』と噂のミランダを前にしても動じた様子もなく、その点はフェイも評価していた。




「ミランダ姫って、どんな人?」


男が不躾にそう聞くと、フェイの片眉はつり上がる。

「・・・はい?」

ティエドール邸で袱紗と手紙を届け控えの間で待たされていると、突如現れた男にフェイは驚き僅かに目を見開いた。
見たところ、すらりと背が高く眼鏡をかけている。顔立ちは・・整っている、悪くない。佇まいもどこか品がある、しかし着ている衣裳は驚くほど粗末である。

狩衣を着ているが、流行後れの柄で皺だらけ。あちこち煤けている。しかし品質は悪くなさそう・・。いったい何者かと、少々警戒しつつ観察していると、男は図々しくもフェイの前に腰を下ろした。

「君でしょ?ミランダ姫の使いの人は」
「・・・なんですって?」

フェイは念のためを考えミランダの名前は出していない。キャメロットと伝えただけだ。それをどうして、この男は『ミランダ』からと知っているのだろう。いったい何者なのだ。

「失礼ですけど・・あなた、どちら様ですか?この邸の方?」
「え?僕?いやいや違うよ、ここには住んでいないし」

住んでいない、という事は使用人なのだろうか。
なんとなく腑に落ちないが、男の様子から貴族的なものは感じられないので、恐らく中将あたりに仕えている人物なのだろう。

(じゃあ、中将様から直接聞いたかしら・・)

ミランダ様のことを。
だとしたらあのノイズ=マリという公達も案外軽薄なところがある。フェイは眉をひそめ、少々がっかりした思いで目の前の男からぷいと顔を背けた。

「あなたにお話することはありません」
「そう言わないで、頼むよ。ミランダ姫の人となりを知らないと、僕もなんとも出来ないんだよ」

頼むように手を合わせ、口を尖らせる男をフェイは困惑しながら見て。

「あなた何をいっているの?出来る出来ないも、あなたには全く関係ないじゃないの」
「いやいやそうじゃないよ、事と次第によったら君のお姫様に僕は感謝することになるんだから!」
「え・・?」

大丈夫だろうか、このひと。
顔を引き攣らせながらフェイは、男から距離を取ろうと座ったまま後ずさるが、すぐににじり寄られる。

「僕はね、ミランダ姫には是非ともマリと結婚してもらいたいんだ、いやして貰わないと困るんだよ」
「け・・結婚っ?いきなり何を言っているの?そんな事・・あなた頭大丈夫?」
「だからその為には、君のお姫様がマリをどう思っているのか、人柄なんかも是非教えてくれないか」

男はニッコリと笑うと、フェイの手を両手で取りギュッと握りしめたので、驚いて目を剥いた。

「ち、ちょっとあなた!手を放しなさいっ」
「え?・・あ、ごめんごめん」

何なのこの男!フェイは少し赤らんだ顔でキッと睨みつけるが、男は特に何の意識もないのか「ごめんね」と謝るだけである。




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