D.gray-man


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◆◇◆◇◆




幸せな夢を見た。


大好きな人との結婚式。

バージンロードの先にいるタキシードを着たマリさんにドキドキして。唇への誓いのキスは緊張もしたけど少しだけ恥ずかしい。手の震えがブーケを落してしまいそうで、司祭様のお言葉も耳に入らなかった。
ティエドール元帥がうれし泣きをして、その横で神田くんは無愛想に腕を組んでいる。後ろでは、アレンくんやリナリーちゃん達が笑顔で拍手してくれて、みんな祝福してくれるのが分かった。

幸福感で胸がいっぱいになる、眩しくなるくらい幸せな夢。

『ミランダ』と名前を呼ばれ、差し出される腕を取ろうと手を伸ばす。
けれど着ているドレスのパニエが立派すぎて、躓いてしまう。ああ、こんなときまで私ったら・・恥ずかしい。そう顔を赤くすると、先ほど伸ばした手を突然強い力が引っ張ったので驚き、目を見開いた。

『マリさん?』

名前を呼んだけれど、さっきまでいたはずの恋人はもういない。掴まれた手首がちぎれそうなほど痛くて眉を寄せる。気がつくと視界は靄がかかったように朧げになって、さっきまでいたはずの司祭様や仲間たちの姿も分からなくなっていた。

白くキラキラした世界はゆっくりと灰色から黒に変わり、気づいた時には独りぼっちで沈んだ世界に取り残されて・・・。




「・・!・・っ・・?」


ハッとして目が覚める。動悸が治まらないまま、見慣れた天井に安心してため息をついた。

(・・・夢・・?・・・・夢だったの・・良かった)

いつも見る悪夢とは違うが、嫌な夢だった。最初は幸せないい夢だったのに、途中から泣きたくなるくらい寂しい夢に変化していった。
この寂しさは、おそらく夕方にマリを見送った時の感情が残っていたのだろう。湖での幸せな時間と夕方の寂しさが、あんな夢を見せたのではないか。ミランダはそう納得すると、まだ治まらない胸を押さえ、もう一度眠りにつこうと布団にもぐりこんだ。

(・・・あら?)

ふと、部屋の明かりが点いているのに気づく。たしか寝る前に消したはず・・・それとも消したつもりで寝てしまったのだろうか。以前にも同じことをしたので、ミランダはそれほど気に留めなかった。けれど、ふわりと空気を漂う白い煙を見たとき、動揺した。

一瞬、火事かと思った。しかしすぐにタバコの煙だと分かる。どこで嗅いだのか、この匂いに覚えがあった。
この部屋に自分以外の誰かがいる・・・。恐ろしさに身を震わせ、そっと視線を床にやると明らかに男物の革靴が見えて背筋が凍りつく。

「だ、誰・・?」

ベッドから少し離れた椅子に座りタバコを吸っていた男は、ミランダの声に片眉を軽く上げ反応した。
癖のある黒髪と端正な顔立ちのその男は、左目の泣きボクロが俗な雰囲気をかもしてか、どこか危険な印象を受ける。見覚えはあるようでないような・・教団の人間ではないのは確かだ。
男はタバコを床に落すと上等な革靴で火を消して、やや重そうに椅子から腰を上げる。背が高くすらりとして、こんな時でなければ見惚れるだろう均整のとれた体つきだ。

「誰だと思う?」

その声にミランダの頭は強く揺さぶられ、全身に衝撃が走りめまいに襲われる。聞き覚えのあるその声は、夜毎夢の中で聞いたあの男の声に酷似していた。
男は口の端をゆるく上げると、ベッドに腰をかけて意味深な手付きで毛布の上からミランダの足を撫でる。その指の感触に動揺して、体が震えた。

「うそ・・うそだわ・・」
「なにが?」
「・・・だって・・だって、あれは、夢だもの・・夢よ・・」

そんなまさか、と首を振り、全身の血の気が引いていく。男は毛布を剥ぎ取りミランダの手首を掴むと強く捻った。

「っ!」
「夢?・・そういうことにしておきたい?」
「・・っ、や、やめて・・お願いっ・・」
「ああ、今日は目隠ししてねぇからな。なるほどね、バカじゃねぇの?まあオレはどっちだっていいけどさ」
「え?め、目隠し・・?」

クッと喉を鳴らして笑い、男は黒いアイマスクをポケットから取り出す。

「もしかして、目隠しされてたのも今気づいた?どんだけ都合のいい頭してんの」

ミランダは男が何を言っているのか分からず混乱した。夢ではないと、暗闇だと思っていたのは目隠しのせいだったと。男の口から聞いても信じられなくて、今この状況も夢ではないかと疑っていた。
掴まれた手首はぎりりと締められ、痛みと恐怖で震えはずっと止まらない。口の中が乾き、何故か分からないが涙が溢れてくる。一刻も早くこの場から逃げ出したい、夢なら覚めて欲しいと身を固くした。

「まあね、こうやってちゃんと顔合わすのも今日が初めてっちゃ、初めてか。ところであんたさ、オレのこと覚えてる?」
「・・・?」

意外なことを聞かれ、ミランダは驚き男の顔を見る。『覚えてるか』ということは以前どこかで会ったのか。確かに見覚えがないことはないが、はっきり『会った』という印象はない。
けれど男の方はこちらを知っているらしいので、ミランダはどう答えていいか分からず怯えたまま目を逸らした。

「そう?残念だな」

ちっとも残念そうに見えない顔でそう言うと、男は掴んでいた手首を放す。

「・・・あ、あの・・ごめんなさい・・以前どちらでお会いしたんでしょうか?」
「会ったってほどのもんじゃないよ、あんた随分へばってたし。ちょっと見かけたってのが正解かもな」
「そ、そうでしたか・・その、どちらで・・」

恐る恐る聞くと、男は愉しそうに目を細めてミランダの顔を覗きこんだ。
目と目が合い黒い瞳に自分の姿が映る。けれど黒は瞬時に金色に変化し、その額に聖痕が浮上がったのを確認するとミランダの背筋は凍りつく。以前見たノアの特徴がそこにあった。

「どちらって?ああ、江戸でね」

そう言って男は・・いや、ティキ・ミックは笑う。ミランダが自分の正体に気がついたのを嬉しそうに。

「・・・・・」
「会ったろ?もしかして忘れてた?」
「い、いえ・・そんな・・ことは・・」

声が震えてうまく言葉にならない。自分のイノセンスは机の上にある、この状態で取りに行くのは無理だろう。それに相手はノアだ、江戸での苦戦はまだ記憶に新しい。
自分は殺されるのだろうか・・・何をどう考えればいいか分からないこの状況で、それが頭を過ぎった。

ティキの手がすうっと伸びて髪に触れられ、ビクッと体が跳ねる。
手はミランダの髪をくるくると弄び巻き付けると、グイッと強く引っ張った。痛さに歪んだ顔を見て、面白そうにティキが聞く。

「痛い?」
「・・・っ・・い、いいえっ・・」
「ふうん、じゃあこれは?さすがに痛いだろ?」
「っ!・・・」
「どお?痛いって言うならやめてやってもいいけど?」

思い切り髪を掴み上げるので、ミランダの顔は赤くなり涙が溢れてくる。あまりの痛みに千切れるのではないかと思うほど。

「・・・いた・・い・・です」
「ん?よく聞こえねぇな」
「い、痛い・・ですっ・・お願いだから・・やめて下さいっ・・」

恐怖が痛みを切欠に止めなく溢れ、ぽろぽろと涙を落としながら男を見上げる。ティキはそんなミランダの様子を意地悪く見ると、今度は首に手を回しベッドに押さえつけた。

「っ・・!」
「あんたってさ・・見ているだけでどうしようもなく苛々する」
「うっ・・っ・・」

押さえつけた手に僅かに力がこもる。このまま締められて殺されるのだろうか、苦しげに顔を顰めて見上げたティキの瞳が金色に輝く。

「口、開けて」

自分の体に説明できないゾクゾクした感覚がして、本能的に逆らえないのを覚った。息苦しさかそれとも別の何かか、ミランダは言われるまま口を開いた。
ティキの口からべろりと舌が出て、その舌先をつたって唾液が落ちてくる。まるでスローモーションのように口内に落ちたそれは、温かみも味もなくミランダ自身の唾液と同化した。

「飲めよ」
「・・・・」

微かに眉を寄せ、こくんと喉を通る。途端に感じた罪悪感に、溢れた涙は目尻からつたって枕に染みをつくった。


ティキの指が零れた涙をすくいペロリと舐める。

「泣いてんの?」

せせら笑い、ミランダの上に覆いかぶさった。ベッドのスプリングが軋み鼻先が触れるほど顔を近づくと、今度は直接目尻から涙を啜る。

「や・・だ、だめっ・・」
「お、抵抗すんの?しろよ、そっちのが面白いから」

なぞるように耳の穴に舌を入れられると、感じたことのない違和感から背中が粟立つ。ミランダはティキの胸に手をあて、押し退けようとするものの耳奥の熱さが腕の力を弱めた。
ぴちゃぴちゃといかがわしい音が耳に響き、知らないはずの男の匂いに覚えを感じる。声も体も、ミランダの体は記憶していた。夢ではない、これは現実なのだ。

(わたし・・なんてことを・・)

脳裏に恋人であるマリの姿が浮かび、胸が張り裂けそうになる。なんとかして逃げなければ、これ以上恋人を裏切りたくない。
ティキのシャツを掴む指に力をこめるが、瞬間首筋に激痛が走り顔を歪ませた。吸血鬼のように噛み付かれて全身の力が抜けて、ミランダは強く抗うことが出来なくなった。

血が滲む首筋を舐めて、男の舌は頬をたどって唇へと向かう。

「っ・・・!」

ティキの舌が侵入し口腔に自らの血の味を感じて、ミランダは眉を寄せた。髪を掴んで押さえつけられ、窒息しそうな荒い口付けに指先が痺れてめまいがする。さっき噛まれた首がジンジンと痛み、熱くなった。
夜着の裾に手が入り足に触れられると、必死で首を振りティキの胸を押し退け抵抗する。

「や・・やめてっ、お願いですから・・お願いっ・・・!」
「いまさらだろ?」
「違う・・違うんです、私・・私にはっ・・」
「ああ、惚れた男がいるんだっけ?だからなんだよ、オレには関係ねえだろ」

大きく目を見開き、どうしてマリの存在を知っているのだと驚く。そんなミランダにティキは意地の悪い笑みを浮かべ、唇を指で撫でた。



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