D.gray-man
1
コンコン、と深夜に響いたノックの音にミランダは微かに眉を寄せた。
それが誰なのか、分かっている。分かっていてドアノブに手をかけた。
キィと軋むドアの隙間からのぞいた白い彼の存在に目を逸らし「アレンくん」と名を呟く、続く言葉は出てこなかった。「駄目よ」とひとこと言えばいいのにそれが言えない。
伸びてくる細い腕がミランダを抱きしめる、子供のように縋りつく。
耳元でため息に紛れながら名前を呼ばれ、安心させるように背中を撫でると性急な仕種で夜着の裾を捲り上げてくるので、ミランダはあわててドアを閉じた。
柔らかな少年の唇が自身のそれを塞ぐ。甘やかに、熱をこめて。唾液さえも男の匂いをさせない口付けに、罪悪感を覚えながら受け入れる。
「ミランダさん」「ミランダさん」
そんな寂しそうな声で名を呼ばれてしまえば、拒絶なんて出来ない。彼を弟のように愛しく思っているけれど、なにより恩人でもあるから。
自分にできることなら何だってしてあげたいと思っていた。それがこんな形で求められるとは思ってもいなかったけれど。
捲くった夜着からのぞかせた乳房に吸い付くアレンの頭をそっと撫でる、微かに支配し始める快感が全身にわたる前に、母親のような気持ちで・・・。
−−眠れないんです。
と最初に彼が部屋を訪れてきたのはいつだったろうか。
たしか教団本部が引っ越してから・・クロスが行方不明という噂が流れてた頃だった。コムイからアレンが14番目なのだと聞かされて間もない頃。
冬のはじめの、暗い空から乾いた雪が静かに落ちてくる。そんな夜だった。深夜0時を過ぎて部屋に響いたノックに驚いたが、すぐに聞きなれたアレンの声がしたのでホッとしたのを覚えている。
けれど、いつも紳士らしく振舞う彼とは思えない行動にミランダは少しだけ不審に思ったのも確かであった。
「すみません、こんな時間に・・少しだけミランダさんと話がしたくて」
そう疲れた顔で微笑むアレンにミランダは少なからず同情していた。彼の立場がハッキリとは理解できてはいなかったが、複雑な事情のアレンを心配していたのも事実で。
何か力になれたら・・そう思っていた矢先のことであったから、アレンからの訪問は深夜だとしても嬉しかった。
部屋に招き入れいきなり抱きしめられた時も嫌ではなかった。純粋に「どうしたのだろう」と彼が心配になり、姉が弟にするように優しく頭を撫でてあげた。
ベッドの上に押し倒されて口付けをされた時、さすがにまずいと押しのける行動をすると、
「僕が、怖いですか?」
「そんなわけないわ、でも・・アレンくんこんなこと、いけないわ」
「逃げないでください、お願い・・ミランダさん、ミランダさん、僕、僕は・・僕は」
「アレン・・くん?」
子供が母親を求めるような瞳で自分を見てくる、その今にも泣き出しそうな表情と口調にミランダは抵抗する気持ちが薄らいでしまう。可哀そうに思えて。
いけないと思う気持ちはあった。10も年下の、まだ15歳の少年とそんな関係になるのは道徳的に許されることではない。なにより教団に身を置いている自分が、そんなふしだらな行為をしていいはずがない。
けれど体は自然に抵抗をやめていた。
一度だけ、一度だけと頭の中で言い聞かせながら、アレンの好きなようにと身を任せていた。頭の隅では一度だけではなくなる予感があったが、それに気づかぬフリをして。
結局その通りに一度ならず二度三度と体を重ね、どうにもならない状態にまで流されてしまった。
「駄目よ」と言いたいけれど、あの寂しそうに微笑む顔を見てはミランダは何も言えなくなる。言ってしまえばアレンを傷つける気がして、けれどこのままでは自分ならずアレンの為にもならない。
言わなくては、この淫らな行為に溺れてしまう前に・・・いや違う、そうやって自分に言い訳して拒否しないでいるだけだ。
もう溺れそうなのだ。最後の足掻きなのかもしれない、だって彼のノックの音に体が反応してきている。
心のどこかで待ってしまう自分がいるのだ、恐ろしいことに。
◆◇◆◇◆
しんと静まり返る談話室でミランダは持ってきた本を閉じた。面白い本だとラビに薦めてもらったのだけれど自分には少し難しかったようで、いまいち理解できなかった。
(・・・静かだわ)
午後の修練のため、リナリーやラビなど他のエクソシストはいない。勿論アレンも。
広い談話室にたった一人、窓からさす明るい日差しは春のあたたかさが感じられる。中庭を見れば蕾をつけた花や木々が気持ち良さそうに風に揺れていて、ミランダは微かに口元を綻ばせた。
本当は、アレンやリナリーに修練に誘われていたのだ。けれどミランダは断わった。いつも当たり前のように一緒に行動しているのだが、ほんの少しだけ距離をつくった。アレンと。
いきなりではなく、こうしてゆっくりと離れていこうと。誰も不審に思っていない、アレンもリナリーも笑顔だった。ゆっくりと、彼が他に目を向けてくれるのを待つのだ。
はっきりと拒絶できない卑怯な自分は、こんな回りくどい方法しか思いつかない。拒絶して嫌われるのも怖い、求められ続けるのも怖い。けれどまだ「ミランダさん」と慕われていたい・・。
(・・?)
ふと、背後の扉が開いた気がしてふり返る。そこにいたのはたった今考えていた相手、アレンであった。
「こんなとこにいたんですか」
「アレンくん・・修練はどうしたの?」
「ミランダさんこそ、なにしてたんです?談話室にたった一人で」
「ほ、本を読んでいたんだけど・・私には少し難しかったみたいで」
驚いていたせいか、僅かに声が上擦る。やましいところは無いのに、どうしてか目を合わすことが出来なくて。
アレンはいつもと変わらず紳士的に微笑んでいる、夜の彼とは違う昼の彼の顔だ。優しくて人懐っこい昔からのアレンの顔がそこにある。ミランダは窓際からはなれて、椅子の上にある本を取ろうとした。
しかしその手首を急に取られたので驚き、目を見開いてアレンを見つめる。
「アレン・・くん?」
さっきまであった優しげな表情は消え、そこには夜にだけ見せる寂しがりやな少年の顔があった。握る力が手首を強く絞めて、ミランダは顔を歪ませる。
「い、痛いわ」
「逃げるから、僕から逃げようとした。ミランダさん・・僕が嫌いですか」
「そんなわけないじゃない、アレンくんを嫌いだなんて」
「じゃあどうして逃げるんですか」
「逃げてなんて、いないわ・・」
逃げたつもりはない、少し距離を取ろうとしただけ。それもほんの少しだけ。気づかれないようにとしたつもりだったが、聡い彼には分かっていたのだ。
手首を引かれミランダはアレンの腕の中に抱きしめられる、まるで閉じ込めるように強く背中を締め付けて息苦しいくらい。
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