D.gray-man


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いち、にぃ、さん・・・心の中で日にちを読み上げながら壁に貼られたカレンダーを指が辿る。

「20・・・・」

そこで指はピタリと止まった。
もう20日経つ、改めて実感するとミランダは深くため息をつき、肩を落とす。
明日で三週間。三週間も恋人の消息を掴めないままであった。

(ティエドール元帥・・本当に大丈夫なのかしら)

部屋の中心にある、恋人に贈られた彫像に目をやった。
それは不在が多い自分をミランダが恋しがるだろうと、原寸大で作ってくれたティエドール像。
少々場所はとるものの、かなりリアルに作られており、ミランダは毎日声をかけたりこっそり抱き着いてみたりと確かに淋しさには一役買っている。

「・・元帥、どこにいるんですか?」

軽く腕を広げていつでもミランダを抱擁できるように、とポージングされたティエドール像に聞くも返事はない。

放浪癖がある恋人は、思い立つとすぐにどこかへ行ってしまう。
今回も三週間前に、ポンペイの壁画発掘を見てくると、突然イタリアへ出かけたきりであった。

その後連絡もなく、結局まだイタリアにいるのか他へ移動したのか、分からない。
コムイに一度聞いてみたが、元帥の放浪癖は昔からだからねぇ、と特に心配の様子もなく言われてしまい、ミランダはそれ以上聞けなかった。
一応、遺跡という事でイノセンス絡みの可能性もあり、任務の延長みたいな扱いらしい。

ミランダはため息を漏らしながら、のろのろとベッドに腰掛ける。

「せめて、どこにいるか分かれば・・いいのだけれど」

ため息にまじりながら、ぽつんと呟くのだった。




◆◇◆◇◆



「まだ三週間じゃないか」

クラウドは意外そうに言うと、グラスに残ったワインを飲み干した。

「え・・でも、連絡が無いのは初めてなので心配で・・」
「ああ、そうだったな。まあでもミランダが心配する事はないぞ、ふらふらするのはアレの性分だから」
「そうは言ってもミランダさんは心配ですよね?」

フェイがクラウドの空いたグラスにワインを注ぐ。

「はい、あの・・科学班へも連絡は無いんですよね?」
「ええ。私も室長やリーバー班長に聞いてみたんですけれど・・どうも非協力的というか」
「そりゃそうだろ」

クラウドが可笑しそうに口元を緩ませながら、

「クロス・・まではいかんが、アレも相当だぞ。半年、いや一年連絡無い事もあったしな」
「ええっ!?」

衝撃的な発言に、ミランダは思わず声を上げ目を見開いた。


この夜、ミランダはフェイに誘われてクラウドも含め三人で酒を飲んでいた。
いつもの飲みメンバー、キャッシュとジェリーは残業があるのと、明日の仕込みが長引いているらしく、今夜は三人である。

パチパチと暖炉で薪が燃えている。秋が深まってきたせいか、夜ともなれば肌寒い。
ナラの木の上品な煙りの匂いが、夜の静かな空気に溶けて気持ちを落ち着かせていたが、クラウドの言葉はミランダの心にかなりの動揺を起こした。

「は、半年?一年?そ、そんなにっ?」
「以前の話だよ、今は方舟もあるしそうはならんだろ。せいぜい二、三ヶ月ってとこじゃないか?」
「二、三ヶ月・・・・・そんなに」

ずーんと頭に重しを乗っけているように、ミランダは俯いた。

「い、いや・・最近はそれも無くなったしな、ミランダと付き合ってからは落ち着いたもんさ」
「そうですよ、あれだけミランダさんを想ってますもの、きっとすぐに帰ってきますわ」

落ち込んだミランダを二人は慌てて慰める。

「そう・・でしょうか、怪我とかしてなければいいんですが」
「大丈夫だ、殺しても死ぬようなタマじゃない」
「ティエドール元帥はお強いですから、ご無事ですよ」
「はい・・でも、やっぱり心配で」

グラスのワインを一口飲みながら、ミランダが頼りなく笑うと、クラウドがサーモンとチーズのカナッペを手に持ち、感心するように頷いた。

「いや・・全く、尊敬するよミランダには」
「え?」
「大変だろう?あの奇天烈大百科と付き合うのは・・ストレス溜まったりしてないか?」
「そ、そんな事はっ・・あの、良くして下さいます」

恥ずかしさに頬が染まり、隠すようにワインを飲み干す。

「正直言っていいぞ?普通の女なら、あんな彫像はドン引きだろう・・あの男は昔から手前勝手な考えの奴だったからな」
「・・・・・・」

ミランダは曖昧に笑う。あの贈り物は本心から嬉しかったのだが、どうも周囲は誤解しているようだ。

確かに、初めてあの像を見た時は驚いたが、ティエドールが自分を想って作ってくれたのがミランダは本当に嬉しかった。
慣れないうちは、夜中にびっくりして声を上げてしまう事もあったが、今は逆にいつでも傍にいてくれるような安心感がある。

ただミランダの部屋を訪れる人はそう思わないらしい。
先日、ミランダが不在の時にリナリーが所用により部屋に入った時、ティエドールの像を見て教団中に響き渡る悲鳴を上げられ、騒動になってしまった。
それ以来ミランダは自室を離れる時は、像に布を掛けて出る事にしているが、その度にティエドールに布を掛けているようで、申し訳ない気持ちになるのだった。


「そういえば、イタリアの・・ポンペイと言ったか?」

クラウドがふと思い出したように聞く。

「はい、壁画の発掘に立ち会うそうです」
「そうか・・うん、ポンペイとはフロワらしい場所だな」
「あら、そういえばそうですね」

クラウドとフェイが顔を見合わせて、含むように笑う。何の事か分からないミランダが不思議そうに首を傾げると、フェイが少しだけ声をひそめて。

「ポンペイは、快楽都市とも言われていたんですよ」
「え・・か、快楽?」
「当時は性におおらか、というか・・何でもありだったからな」
「資料で見ましたが、娼館もかなり多いようですし、あながち都市伝説という訳でもなさそうですね」
「し、娼館・・?」

快楽だの娼館だの、聞き捨てならない言葉が飛び交い、ミランダが赤くなったり青くなったりしていると、その様子にフェイが気づいて慌てて首を振る。

「あ、ミランダさん違いますよ。2000年前の話ですから」
「えっ?2000・・?」
「まさかミランダ、現在もそうだと勘違いしたのか?大丈夫、今は普通の観光地だよ」

クスクス笑いながらクラウドも否定するように手を振る。勘違いに恥ずかしくなり、ミランダは顔が熱くなった。

「あ、そ、そうですか・・すいません」
「あれ程栄えていた古代都市が、たった一日で火山灰で埋まってしまうなんてな」
「ヴェスヴィオ火山噴火ですね?悲劇的ですわ」

ワインを軽く揺らし空気を含ませながら、フェイは僅かに眉を寄せる。
クラウドは手酌でワインを注ぎながら、話を聞き不安げな様子のミランダを見て、

「ポンペイが一日で埋まってしまった話だが、快楽に溺れた人間に神からの仕置き・・という話もある」
「まあ、怖いですね・・」
「いや仕置きは大事だぞ、それをされない輩は結果付け上がるからな」

ちらっと何か言いたげな視線をミランダへ向けたが、気づかない様子にクラウドは肩を竦めた。

「・・ミランダ、たまに火山灰を降らしてやったらどうだ?」
「はい?」
「フロワの奴には、たまに噴火というお仕置きも必要だと思うぞ」

ミランダは怪訝そうにクラウドを見るが、言わんとしている事を悟ると首を振る。

「と、とんでもないですっ・・ティエドール元帥は、わ、私なんかには勿体ないですっ・・」
「おまえの控え目な所は私も好きだが、逆にあいつを調子づかせているとも思うが・・」

クラウドはやれやれとため息をつき、苦笑するように唇を軽く上げる。

「そ、そんな事はありませんっ」
「ミランダさん、気を悪くしたらごめんなさい。あの・・ティエドール元帥のどのあたりをお好きなのかしら?」
「えっ?」

思いがけないフェイの問いに、ミランダは困ったように眉を八の字に下げ顔を赤らめた。

「それは私も聞きたかったんだ、おまえより年もかなり上だし、見た目はあの通りの毛モジャじゃないか」
「け、毛モジャ・・」
「長い付き合いだから悪い奴ではない事も知っているが、かと言って良い奴でもないぞ?」
「でもティエドール元帥のミランダさんへの愛は熱烈ですからねぇ・・ほだされても無理ないですわ」

クスクスとフェイが笑いながら、ミランダの空になったグラスにワインを注いだ。
ミランダは愛するティエドールがけなされているようで、少し怒ったように口を尖らせる。

「テ、ティエドール元帥はとても素敵な人です・・優しくて立派で、私は尊敬してますっ」
「分かってるよ。しかし、どうも今だに信じられなくてな」
「ええ、まさかミランダさんもこんなに一途に元帥を想ってるなんて。なんだか不思議です」

クラウドとフェイが顔を見合わせて笑うのを、ミランダは、困った顔で見る。
どうも周りはミランダとティエドールの関係をいまだに誤解していて、ティエドールがミランダへの愛を暴走させていると勘違いしている。



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