D.gray-man


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「誘う」とは、どうすればいいのだろうと、神田は思う。



ミランダと恋人になり、そろそろ3ヶ月になろうかという頃。
ある意味二人は今、岐路に立っているのではないかと考えていた。


男と女は「3」で決まる、と誰かが言っていた。3時間、3日、3週間、3ヶ月。とりあえず「3」というのがキーワードらしい。
いったい何が「3」なのか神田にはよく解らないが、ただ確かに3ヶ月というのは微妙な時期だよな、とは思う。

付き合い始めでもなく、なんとなくお互いの事を理解しだした頃。例えるなら初心者マークを外す頃合いか。

肉体的な接触も、まあそれなりにしている・・・と、思う。

手も繋いだし頬っぺたにも口をつけた。こないだは、寝る前に軽くだが接吻もした。だから、そろそろもう一歩進んだ関係を望んでもいいんじゃないだろうか。

ただ問題が、一つ。

どうやってミランダをベッドに誘えばいいのか、分からない。

幼少の時分より、そういった男女の色恋にはとんと興味がなく、歳を経て青少年特有の悶々とした感覚も、あるにはあったのだが何分忙しい身であったから、他人に比べれば、幸か不幸かあまり考えずこの歳になってしまった。

もちろん、その行為自体は知っている。
オシベとメシベ的な具合で男と女の凹凸を組み合わせる、その程度の知識だ。

実のところ神田は、ミランダに会う前は自分はそういう面では淡泊な方だと思っていた。
同年代のラビやデイシャと比べると、あきらかに感覚が違うのを感じていたからだ。
女の乳や尻は嫌いではないが、目を奪われる程でなく、わざわざ他人の体に触れてみようと思ったこともない。

なのに。

ここにきて今まで湧かなかった肉欲が、温泉が地底から噴き出すように溢れて抑えがきかなくなっている。
ミランダを抱きしめた時に感じる、少し甘いふわんとした匂いや、何かのおりに見せた手首の細さ。耳たぶは小さく、少し薄い唇は触れると柔らかくて、それらを思い出すと下半身の一部が切なく反応してしまうのだ。

神田の最近の頭の中は、どうすればミランダと「いたす」事が出来るかで、いっぱいなのである。




◆◇◆◇◆



「神田くん、待って」

服の裾をつかまれ、軽く引かれるように神田の足は止まり振り返る。
少し息を乱しながら、ミランダは安心したように笑った。

「ああ、よかった」
「なんだよ」
「あ、ごめんなさい・・えと、ほら、神田くんこれから修練よね?」
「・・で?」
「あのね、もしよければ・・なんだけど」

ミランダは頬をほんのりと染めながら、そっと上目遣いで神田を見る。はにかんだような笑顔をして、ちらと白い歯が覗くと神田は何となく気まずくて、目を逸らした。

「後で、夕飯・・一緒にどうかなって・・神田くん?」
「・・あ?」
「あの、だから夕飯を一緒に・・だめ?」
「・・・・・」
「神田くん?」
「あ?ああ・・別に、問題ねぇだろ」

不思議そうな顔で近づかれて、優しい匂いにドキドキしてしまう。
ぷいとミランダから顔を背け、不機嫌そうに眉を寄せると咳ばらいを一つして。

「た、多分・・風呂入ってからだから・・19時くらいに食堂で待ってろ」
「19時ね。ええ、分かったわ」
「・・・・・じゃあな」

流石にそっけなかったかと思い、ミランダを視界の端で窺うと、ミランダはあまり気にもしていないのか、手を振り「頑張ってね」と微笑む。
手を振ったせいで、微かな振動が伝わったのか、細い体で唯一主張している立派な乳房が僅かに揺れるのを見てしまった。

触りたい、と思う。
手をのばしてアレを触ったら、どんな感じなんだろうか。

(柔そうだな)


修練に入っても、そういった悶々が鎮まらなくて。自分はいったいどうしてしまったのかと悩む。以前は苛々した時などは、素振りや座禅などして気持ちを治めたのだが、いくら体を動かしても熱はなかなか冷めない。

こういう時、他人はどうしているんだろうか。

(・・・・・・)

神田は汗を拭きながら、修練場にいる仲間に目をやる。最初に目が行ったのはラビとアレン、だがすぐに目を逸らす。
こいつらは女を知らないだろうから、想像を働かす事もいらんだろう。勿体ない。

次にクロウリーとマリを見た。
クロウリーは、普段から言動が子供みたいだからあまり想像できない。どうやら昔、女がいたらしいが・・ちゃんと事に及べたんだろうか。

(なんか、信じられねぇな・・)

そんな事を考えながら、視線はすぐ横のマリへと移る。
神田にとっては唯一、あえて口に出さなくても通じる人間。あの理解不能な師匠は置いておいて、ある意味家族みたいな関係だと思っている。
あまり他人に内面を見せたくない自分だが、マリならば少しくらいなら見せてもいい。とはいえ、さすがに今回みたいな悩みは言いづらかった。
気恥ずかしいのもあるが、それよりあのマリが自分みたいに女の事で悶々とした経験があるのだろうか。
あるならあるで、軽くショックだ。何故か分からないが、神田はマリのそういう男の顔は見たくないのだ。

「おぬし、何を悩んでおるんじゃ?」

突然聞こえた低い老人の声に、神田は軽く眉を寄せて斜め下を見る。
座禅をしていた筈のブックマンが、いつの間にか自分の傍にいたのに密かに驚いた。

「あ?」
「若いの、悩みが顔に出ておるぞ」
「何言ってやがる、ボケてんじゃねぇぞ」

ふん、と鼻を鳴らしやや苛々した様子でブックマンを見る。
ブックマンは黒く縁取りした目を細めながら、ほくそ笑むように神田をみると、

「やはりあれか?ラブか?ラブの悩みじゃろ?」
「・・・ラブ・・って、おいてめぇ」
「そうよの、そろそろ我慢も辛うなってくる頃じゃろうなぁ」

うんうんと訳知り顔な姿に、苛立ちは怒りに変わりはじめる。神田は、屈強なファインダーすら吹き飛ばすと噂の眼力でブックマンを睨みつけると、

「下らねぇ事言ってると、弟子ともども三枚におろすぞ」

なぜここでラビも対象になるかは謎だが、面倒事は一緒にという事なのだろう。ブックマンは神田の物騒な言葉は意に介すことなく、少し声を落とすと。

「わしが見るに・・・・ミランダ嬢は生娘じゃな」
「!?」

恋人の名前に、神田は思わず反応してしまう。
目を見開きブックマンを見ると、その皺だらけの顔をほのかに緩ませて神田を見ていた。

「なっ・・て、てめぇ、何を言ってやがる」
「間違いないて、わしには分かるんじゃ」
「・・・・・」

その口ぶりは何の疑いも持たず。当然、と事実を告げたように淡々としていて。神田は、だったらいいなという願望もあったから、その後に続く言葉が出なかった。

「おぬしに、いいことを教えてやろう」

さらに声を落とす言い方は、まるで悪い事を教えられるようで、神田は警戒する。

「・・・いいこと?」
「なあに、たいした事ではない・・言うなればコツじゃよコツ」

言うなり、ブックマンは指を三本出して神田につきつける。

「3分じゃ」
「あ?」
「女子をものにするには短時間で勝負。よって3分・・3分以上経ったら見込みはないと思え」
「3・・分だと?」

ここでも「3」なのかと、神田は男女の数字「3」の奥深さに、驚きを隠せない。
しかしいくら何でも3分は短すぎないだろうか、それなら本題に行くまでに時間が経ってしまう。
とくに自分のような初心者なら、何をどう言うか考えている内に3分経ち、そのまま終了だろう。

ブックマンはそんな神田の心を悟ったように、僅かに頷くと。

「悩む事はない、おぬしの胸に生えた言葉を相手に伝えれば・・・まあ、大丈夫じゃろ」

そう言って、元気づけるように神田の背中を叩く。といっても身長差があるから、その手は腰のあたりを叩くに終わったが。

「・・・・は、阿呆らし」

心の動揺を悟られまいと、眉を寄せブックマンを軽く睨む。

「別に、てめぇを信じるわけじゃねぇが・・・・何か、根拠でもあんのかよ」
「根拠?」
「まさか年の功だの人生論だの、ほざいたんじゃねぇだろうな」

ブックマンは、ふ、と誇るように口の端を少し上げると。

「おぬし、わしが誰か知っておろう?」
「なに?」

『ブックマン、人類の裏歴史を記録する者』

様々な歴史と情報を記録している者。歴史と情報・・・・・情報・・・・。

「・・!」

途端に、今までの言葉が真実味を帯びてくる。まさか3分ルールもブックマンが知る裏情報の一つなのか?思わず目を剥いてブックマンを見ると、もうそこに姿はなく、煙草に火をつけ、扉へと歩いて行く小さいな背中が見える。その老人の背中が、いつもより少し大きく見えなくもない。

「・・・・・あほか」

そんな自分を嫌悪するように神田は舌打ちし、眉間の皺を深くした。



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