D.gray-man


2

その仕種に嫌な予感を感じつつ、ミランダは恐る恐るティキを見上げる。
ティキは、ふ、と目を細めながら。

「山下りるまで、付き合ってやってもいいけど?」
「えっ!ほ、本当ですか?」
「言ったろ?敵味方は忘れてやるって」

ミランダは信じられないと言った瞳でティキを見上げる。
思えばティキと知り合って以来、こんな風にまともに会話が成り立った事は無かった。

ティキには昔、強引に体を玩ばれ稼いだ金は吸い取られ、ヒモのように付きまとわれていたが、ある日突然「元気でな」の軽い一言でミランダの目の前からいなくなった男である。
付き合いがあった頃は、かなりぞんざいに扱われていたから、こんな風に気を使ってくれた事などない。
やはりあれか、ノアになったからだろうか。ノアになると性格が変わるのだろうか。

「・・・・・」

まるで何かの奇跡を見るかのように、食い入るようにティキを見つめていると。
そのティキが「はい」と右手を出したので、なんと手も引いてくれるのかと、紳士的な彼にさらに感動し、
ミランダはドキドキしながら、すぐに自分の右手をそれに重ねた。

「☆※〒◇●≒!!!!」

ゴキッと音が出るほど強く握られ、ミランダは衝撃に目からチカチカと星が出る。

「バーカ」
「いっ、いたいですっ・・えっ?えっ?」
「そうじゃねぇだろ。まさか・・タダでこの俺に案内させるつもりじゃねぇだろうな」

不愉快そうに眉を寄せ舌打ちする彼に、以前と変わらぬ姿を見ると。ミランダは脱力感に襲われる。なんとなく一瞬だけ、ちょっと期待してしまった自分が恥ずかしい。
握られジンジンと熱くなった手を摩りつつ、ミランダは以前のように財布を取り出し、怖ず怖ずとティキに差し出すと。

「すいません・・今、これくらいしか持ち合わせがなくって・・」
「・・・・・」

ティキはその古い布でできた財布を一瞥すると、人差し指と親指でつまみ汚い物でも持つように持ち上げる。

「なんだ、コリャ」
「え?あの、お金ですが・・」
「金?」

まるで見飽きた、とでもいうような表情でそれを見ると、ポイと投げつけてきたのでミランダは額を打った。

「痛っ」
「おまえな、見りゃ分かんだろ?今の俺にこれっぽっちの端金、その辺の石ころみたいなもんだっての」

確かに昔のティキと違い、目の前の彼はどこからどうみても立派な紳士で。
履いているぴかぴかの革靴など、多分ミランダの財布の中味じゃ靴紐くらいしか買えないだろう。

「で、でも・・お金じゃなきゃ・・どうしたら」

以前はお金を出せば大体はなんとかなったのだが・・昔と違って、どうやら今はお金持ちのようで前の方法は使えないようだ。

「・・・・・・」

助けを求めるように見てくるミランダをチラとも見ず、ティキはポケットから煙草を取り出すと徐に火をつける。
ジジ・・と先端が赤く燃え、口にくわえたまま端から煙りを吐いた。

空を仰ぎ、昼下がりの太陽の眩しさに目を細めると。

「いい天気だなー・・」
「・・ティキさん、あの?」

なんとなく、嫌な予感。

「とりあえずさ、脱げよ」

胡散臭いほど爽やかな笑顔で言った。

「・・・・・は?」
「いや、『は』じゃねぇよ」
「い、いえ、だって・・何で?何で脱ぐんですかっ?」

何の脈絡もない唐突過ぎる発言に、ミランダはパニックになりながらも身の危険を感じ、二、三歩後ずさる。

「何でって・・こんないい天気に男女が外で体動かすなんて、一つしかねぇだろ」
「は・・はいぃっ?」
「面倒臭ぇな、早く脱げよ。その貧相な体で許してやるって言ってんだぜ?感謝しろっつうの」

えっ・・ええぇぇっ!?

叫びたいが、あまりの衝撃に声も出ない。
こんな昼日中に、しかも外で。しかもしかも久しぶりにあった相手と。

なぜにそんな、破廉恥極まりない行為をしなければ・・・?

混乱と困惑と羞恥が入り混じり、複雑な思いからミランダの体は固まってしまう。
そんな事できる筈がない。いくら山道とはいえ、こんな明るい太陽の下でなんて。

(と・・とんでもない事だわっ)

青くなったり赤くなったりしているミランダに、ティキがやや面白くなさそうに片眉をあげる。

「・・・・あ、そ。んじゃ俺行こうかな」
「えっ」
「熊や野犬や毒蛇、毒蜘蛛なんてのも・・死ぬ気になりゃ何とかなるだろ?」

煙草の煙りをフーッと吐き出しながら、ティキは冷たい視線をミランダに送った。

「あ・・あの、え?ええ?」

のんびりと煙を揺らめかせながら、ティキはミランダに背を向けて歩き出す。
その後ろ姿を見ながら、ミランダの脳裏に『熊』『野犬』『毒蛇』などの言葉がグルグルと巡り、顔は強張る。
一緒にそれらの餌になる自分の姿も浮かび、気づいた時にはもうティキの服を掴んでいた。

「なに」
「あ、あのっ・・そ、そのぅ・・」
「・・・・・」

しっかとシャツの裾を握り締め、放そうとしないミランダを不愉快そうに見下ろしながら。

「何だよ、早く言えよ。っとに、相変わらず鈍臭ぇな」
「ま・・待って下さいぃ・・あのぅ、そのぅ」

置いてきぼりは嫌だけど、こんな場所で服を脱ぐのも恥ずかしい。
何をどういえば良いのか困り、ただ必死にシャツを掴むしかないミランダを、ティキは片眉を上げて見る。

「放せよ、シャツが皺になるだろ」
「ごめんなさい、あのっ・・でも、ティキさんがいなくなると・・私っ」
「はぁ?なに、人に物を頼む時にその態度なワケ?」

意地悪く口の端を上げながら、鼻で笑った。ミランダは泣きそうな顔でティキを見上げると、

「い・・行かないで下さい・・お願いしますぅっ」

放すまいとシャツを握る力を強める。
口にくわえた煙草を人差し指と親指で摘み、フーッと煙を吐き出すと、ティキはからかうように口を歪ませながら。

「そんで?いったい俺に何してくれんの」
「何って・・それは・・」

とたんミランダの顔が赤く染まり始める。
眉を八の字にしながら下唇を噛み締め、微かに震える左手で団服を心許なげに触れた。

・・脱ぐの?ここで?

ドキドキと心臓が速まり、そっとティキを窺うと。
本当にそれを出来るか、探るような目つきでミランダを見下ろしている。

「んじゃ、とっとと脱げば?」
「・・・・・」

ちょうど午後の明るい日差しが、キラキラと木漏れ日となって二人に降り注ぐ。
遠くの鳥が鳴く声や、そよ風が木々の葉を揺らすカササという音が、聞こえると、ミランダはさらに脱ぎづらい気分になって、のろのろと上着に手をかけた。

指が首元のボタンを一つ外す。
ただそれだけなのに、これからの事の口火を切るようで、勇気がいった。

(・・・・)

パチンと軽く外れると、首筋に微かに外気が触れる。思わずゴクンと唾を飲み込む。
さらにもう一つ、次は鎖骨にひんやりした空気が流れ、中に着ていた黒いインナーが見えた。
ティキは傍にある木に背中を預けながら、ミランダが脱ぐのを見物していたが、もたつく様子に苛々してきたらしく、煙草の火を木に擦り消して。

「おいおい・・ストリップじゃあるまいし、何勿体つけてんだよ」
「そ、そんなっ、だって・・あのっ・・」

やっぱり恥ずかしいです、と殆ど聞こえない小さな声で言う。

「何だよ、別に俺は強制しているワケじゃないだろうよ?引き止めて何を今さら」
「・・・は、はい・・でも・・」
「あーもう、お前ホント面倒臭い。ったく相変わらずたりぃな、分かったよ脱がんでいいわ」

吐き捨てるように言って、はーっと大きくため息をつくと、ティキはやや乱暴な手つきで手招きをした。
ミランダは少しホッとしつつ、けれど不安は消えないようで、びくびくしながら近づいて行く。

「あ・・あの?」

恐る恐るティキを見ると、彼は明らかに不機嫌な様子なのでミランダは俯き、さらに身を縮こませる。
突然、頭をぐいっと押されたので、思わずよろけてミランダはゴンと地面に膝が衝いた。

「?」
「負けに負けといてやるよ、その口でいいや」

口?どの口?口ってなあに?

一瞬過ぎった思考は、すぐにティキに髪を引っ張られた痛みで消えたが、顔を歪ませながら見た、目の前の光景にその痛みも忘れた。

「ほら、早くしろよ」

ちょうどそこはティキの股間がある辺り。
ズボンの上からでも分かる、その盛り上がりにミランダの顔は赤くなり咄嗟に目を閉じた。

「え・・ぇぇえ・・っ?」
「何だその反応。初めてじゃあるまいし」
「で、でも・・ティキさん」
「つべこべ言ってないで、とっととやれよ」

その冷たい声音に、怒る彼の恐ろしさを思い出し、背筋に冷たいものが走る。
怯えるように見上げると、その瞳に怒りのような炎の揺らめきを見て。ミランダは躊躇いながらも、そろそろとティキのズボンのファスナーに手を伸ばした。

「・・・・・」

ジー、とファスナーを下ろすと、既に主張していたティキ自身が、辛うじて下着で抑えられているのが分かる。



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