D.gray-man
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(・・・・)
そんなことを思い出し、ミランダは怒っている様子のティキを見る。スパスパと煙草を吸うスピードから、ティキの苛立ちを感じた。
ミランダはどうしていいか分からず、脱ぎかかっていた服を寄せるように胸元を隠した。
「おい」
「は、はい」
見えているビスチェを隠すように胸元に手を宛て、びくつきながらティキを見る。ティキはミランダを、じいと観察するように見て。
「おまえ、ちょっと勘違いしてんじゃねぇか?」
「?」
「誰がおまえみたいな女、好んで相手にするかよ」
自惚れんな、と鼻で笑いミランダを睨む。
「は、はあ・・」
「言っとくが、俺はボランティアだからな。ホントは感謝してもらいてぇくらいだ」
ボランティア?よく意味が飲み込めなくて、ミランダは首を捻りつつティキの話を真剣に聞いた。
「・・あの、えと、すみません」
でも結局よく分からなくて、いつものように何となく謝ってしまう。
ティキはそんなミランダを呆れるように見ながら、フーッと顔に煙りを吹きかけた。目に煙りが入りミランダは痛みで顔を歪ませ、瞬きをしながら顔を俯いた。
「足りない頭に知恵つけたって手遅れなんだよ」
「・・え?」
「何言われたか知らねぇが、おまえみたいな淫売がその辺の男で満足するわけねぇだろ」
口元に緩く弧をえがき意地悪く笑うティキは、整った顔なだけに迫力がある。ミランダはそれに圧されながらも、その失礼な物言いには納得できないようで。
「そ、そんなこと・・」
「違わねぇだろ?なんのかんのとホイホイ顔出してんのは、お前だろ」
頬をぎゅうと抓られて涙目になりながら、ミランダは否定するように頭を振った。
「ら、らって・・ティキはん、うるひゃないれすは」(だってティキさん来るじゃないですか)
ここに来るのは本部に来られては困るからだ、決して淫らな行為が目的ではない。
いつもティキの言うことを否定しないミランダだったが、さすがに言わずにいられなかった。
「あ?」
「!・・ひっ」
ティキがパッと手を放すと、ミランダは打たれると思いギュウと目を閉じる。
予想に反して、ティキは打つことも蹴ることもしてこなかったが、かわりにミランダの服を力まかせに引き裂いた。
「ひいぃっ・・!」
ビリリという音とともに、隠していた上半身はあらわになり咄嗟に両腕で肩を抱く。ティキは面白くなさそうに片眉を上げて、フンと鼻を鳴らした。
「あーあ、萎える」
「へ?」
「おまえねぇ、言っとくけど男なんてみんな一緒なんだよ」
ミランダの肩を掴み、ぐるんと反転させるとそのまま俯せの状態でベットに押し倒した。
「その、ご立派な男だって頭ん中じゃ、おまえをメチャメチャにしてると思うぜ」
「そ、そんな事ないですっ」
「やーだねぇ、恋は盲目かよ。救いようねぇな」
茶化すようにクスクスと耳元で笑われるのが、マリを馬鹿にされているようで悔しくて。
「本当に、そんな人じゃありませんっ・・り、立派な人なんです」
シーツを握り、否定するように頭を振った。
「あっそ」
ティキは煙草を口にくわえたまま、ビスチェのホックを慣れた手つきで外していく。
簡単にそれは外されて、すぐに背中が剥き出しになると、腰だけで留まっていたボロキレ状態の服をショーツと共に乱暴に引き下ろした。
「ほら尻上げろよ、ったく手間取らせやがって」
「え?」
ミランダはそこで、またいつもと同じくティキのペースに乗せられていた事に気付いた。今日こそは、こういう淫らな事はしないと誓ってきたのに。
「ああっ・・ひ、ひどいですっ」
「はあ?何言ってんの、わざわざ脱がせてやったんだろうが・・少しは感謝しろよ」
ムッとしながら、ミランダの尻をバチンと叩く。
ミランダはジンジンと痺れる感覚を尻に感じながら、泣きそうな顔でティキを振り返り。
「だって・・き、今日はダメですって・・言ったじゃないですか」
「は、んなのお前が勝手に言ってんだろ、俺は知ったこっちゃないんだよ」
不機嫌そうに言うティキに、ミランダは「えええ・・」と小さく叫びながら、よろよろと腰を上げた。
背中をグッとベット押さえ付けられて、頬がシーツにあたる。ミランダはもう諦めつつも、最後の抵抗をするように。
「テ、ティキさんは・・立派じゃないですっ」
声を掠らせながら、怯えながら小さく呟く。
なけなしのその囁き声は、どうやらティキをかなりムッとさせたようで。
フーッと静かに煙草の煙りを吐いた後。
「・・だから?」
明らかに怒りを含んだ、冷たい声に。ミランダは背筋が凍るのだった。
結局、いつもと何も変わらなかった。
ミランダはようやく開放され、ぐったりとベットの上で力尽きていると。
「おまえさ・・」
ティキは何かを考えるように煙草に火をつけて。
「ほんとに、その男に惚れてんの?」
疑うように首を傾げ、苦笑いした。
「・・え?」
「だって好きでもない野郎にぶち込まれてんのに、普通そんなヨガリまくるか?」
「なっ・・そっ・・」
ミランダの顔が羞恥から真っ赤に染まる。
「そ、そんな・・それは、テ、ティキさんが・・」
「・・・・なあ」
ティキは何かを思い付いたようで、ミランダをじいっと見つめた。探るようにミランダの瞳を見ながら、フッと意地悪く笑う。
「営業用だからな」
「?・・」
キョトン、とするミランダの頬をそっと優しく両手で包む。
一瞬また抓られるかとビクッとしたが、ティキの手は信じられないくらい優しかった。
いつもの蔑みと嘲りを含んだ視線は、柔和で紳士的な瞳になり、冷笑をたたえた唇は、優しく誰もが見とれる微笑へと変わっている。
「!?」
目の前のティキは一瞬にして全くの別人に変化した。ミランダは思いきり顔が引き攣り、若干鳥肌も立ち始めている。
「テ、テ、ティキさん?」
「ミランダ・・」
「は、はいぃ?」
何だろう、なんの魂胆があるんだろう。
怯えながらティキを見ると、彼はミランダの頬を包んだまま。
「愛している」
ニッコリと微笑んだ。
「!?」
心臓がドキーン!と跳ねて、顔が瞬時に赤くなる。不覚にもティキにときめいてしまった。どうしたんだろう自分は。
おかしい、どうして・・と自分で自分を信じられないでいると。
プッ、と吹き出す音が聞こえて、ティキがさっきとは一転した意地悪そうな顔で笑っていた。
「おまえ、ちょろいわ」
「そっ!・・な、なにを」
「アレじゃねーの?つまりは誰でも優しくしてくれりゃ、尻尾振るんだよおまえ」
可笑しくてたまらないと笑い、ごろんとベットに寝転ぶ。
「ち、違いますっ・・そんなっ、そんな事ないです」
否定するが、ティキは聞くつもりもないのか煙草の煙りで輪を作ったりして、興味も示さない。
「・・・・・」
ミランダは、違う違うわ、と何度も首をブンブンと振る。
自分のマリへの気持ちはそんな簡単な想いではない。とっても大切で、心の中の小さな聖域のような想いなのだ。
(マリさん・・)
思い出すと急に落ち込んでくる。
約束を破ってティキに会ってしまったのだ。それを知ったら、きっと幻滅されるだろう。
(それにしても)
この調子では、また次回の呼び出しもありそうだ。そうなるとまた同じ事の繰り返しになってしまう、もうマリを裏切るような事はしたくない。
(やっぱり、ティキさんに言わないと・・)
「あの、ティキさん・・」
「おい、ったく気が利かねぇなあ」
苛立つように舌打ちしながら、ティキがミランダを睨む。
「は、はい?」
「下行ってコーヒー貰ってこいよ、こっちはさんざ腰使って喉が渇いてんだよ」
またも至近距離で煙りを吹きかけられて、ミランダは軽くむせた。
「は、はい、あ・・でも・・」
「なんだよ?」
「あの、服が・・破れていて」
ボロボロになった自分の服を、おずおずと指差す。
「だったらその辺にある俺の服でも着ていきゃいいだろ」
「ええっ・・で、でも・・そんな」
あからさまに情事の後という感じで恥ずかしい。
「いいから早く行ってこいよ、使えねぇ女だな」
軽く腰を蹴られて、ミランダはベットからドスンと落ちる。膝をついたので、軽く擦りむいてしまって痛い。
「・・・・・・」
スカートは破れていないから、ティキのシャツを貸りよう。どうみても男物だが、スカートに入れて袖を捲くれば大丈夫だろうか・・。
のろのろとシャツに袖を通しながら、またもティキに言えなくてそっとため息をついた。コーヒーを貰ってきたらもう一度言うつもりだけど、果たして聞いてくれるのか、聞いてくれるといいけど。
そっとティキを窺う。
あくびをしながら頭を掻いて、短くなった煙草を灰皿に押し付けている。
(本当に・・・困ったわ)
困った人だ。
思いながら、シャツの裾をごそごそとスカートに入れた。
(それにしても)
靴紐を結びながら、ふとさっきのティキの『営業用』と称した笑顔を思い出す。
(あんなふうに優しくされるんだったら・・)
これほど悩まなくて済むかもしれないのに。
「!?」
すぐにそんな事を思った自分が信じられなくて、ミランダは忘れるように頭を振るのだった。
End
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