D.gray-man
1
パタン、と扉を閉めて司令室から出た。
ふう、とため息をこぼしてミランダは少し沈んだ気持ちで歩き出す。
新しい任務の司令は、いつもなら緊張しつつも頑張らなきゃと、嬉しくもあるのに。
(・・・・エジプト)
かなり遠い。
いや、この際距離はあまり関係ない。
今のミランダは、出来ればこの本部から離れたくはなかった。
「ミランダ」
聞き慣れた低いけれどよく通る声に、ミランダは振り返る。
「マリさん」
科学班に来ていたらしいマリが、ゆっくり近づいて来るのを見てミランダは微笑んだ。
マリはリーバーに何か声をかけられて一度歩みを止めたが、それに応えるよう振り返り頷いた後、再びミランダの元へ歩き出す。
彼の右手には痛々しく包帯が巻かれているが、殆ど治りかけているのを知っているミランダは、笑顔を向けた。
恋人であるマリの指が失くなり、当初はショックを隠し切れなかったミランダだったが、何とか彼の力になりたくて、マリが帰還してからずっと傍について(彼女なりに)手伝いをしていた。
「今、義指の相談にきていたんだ」
包帯の上から指の跡を摩る。
「まあ、じゃあ・・」
「ああ。来週あたりにはようやく五本になるだろう」
そう言って微笑むマリは、はっきりとは出さないがやはり嬉しそうで。見ているミランダも、嬉しさと安心で頬が緩んだ。
(来週・・)
ふと、その時に自分は本部に戻っているのだろうか。
任務は明後日からだから、間違いなくマリの義指を見るのはしばらく後だろう。
ミランダはまた沈んだ気持ちになって、浮かない顔のまま俯いた。
「どうかしたのか?ミランダ」
「え?」
心配そうにミランダを見下ろすマリに、ハッと気付き少し慌てながら首を振る。
「あ、いえ・・その、実は明後日から任務でして」
明るく言わなければと思いつつ、やはり声は落ち込んでしまった。
(私ったら・・いけないわ)
エクソシストなのに、大事なお仕事なのに。いつもは怖いけどそれ以上に誇らしいような、誰かに必要とされる喜びの方が大きいのに。
(もう少しだけ・・傍にいたい)
そっと、マリを見た。
「任務か・・誰と一緒なんだ?」
「ええと、ラビくんとブックマン・・あとチャオジーさんです」
「そうか」
マリは何かを考えるように呟いて、それから少しだけ淋しそうに微笑みながら。
「では、少しの間・・会えないのか」
「・・・・・」
そんな風に言われるのは辛いけど、不謹慎にも少し嬉しくてミランダの頬は染まる。
本当はミランダも同じ気持ちだった。
恋人になって、これほどマリの傍にいたことはなかったから。
マリはミランダと違ってベテランのエクソシストであるから、単独の任務も多く、今回のような怪我をして、二人は初めて恋人らしい時間を過ごせたような気がした。
(明後日・・)
明後日になれば、しばらく二人でゆっくりする時間もない。
マリの怪我が完治して義指がつけば、以前のように忙しく任務へと向かうだろう。
(・・・・)
ミランダはそっと目を伏せる。
実は、ずっと胸の奥に押し込めた秘かな想いがあった。けれどそれは、女のミランダから願うのはとても勇気がいる事で。
(マリさん・・)
こんなこと、怪我している彼に思うのは間違っていると分かっている。
でも、
抱かれたいと、思った。
ずっと任務のすれ違いが続いていたから。
久しぶりに会った時には、マリの怪我でさすがにそういう気持ちにはならなかったものの、時間がたち、彼の怪我も治りかけてきたのを感じると。
ミランダの胸の内では少しづつ、身も心も愛されたいと望んでしまう。
(私・・はしたないわ)
赤くなる頬を、そっと両手で押さえた。こんな考え、マリに知られたらなんと驚かれるだろう。
恥ずかしい、こんなフシダラな事を思ってしまうなんて。
(・・・・・)
ミランダは歩きながら掠るように当たる、マリの腕の体温に鼓動が速まる。
(・・・・でも・・)
最後にマリに抱かれた日が、あまりに遠くて。やっぱり寂しい。
抑えてきた気持ちは、明後日からの任務によりここにきて、どんどん膨らんでしまう。
ミランダが黙り込んでいるのを不思議に思ったのか、
「ミランダ?」
「!・・あ、は、はいっ?」
びく、と体が反応して。赤い顔のまま、マリを見上げた。
マリはミランダの考えを気付く風でなく、いつもと変わらず穏やかな表情でいる。
「ミランダ、夕食はまだだろう?」
「は、はい。まだです・・」
自分の想いが見透かされそうで、ドキドキと鼓動は速まったまま頷いた。
マリはミランダの少し緊張した肩に、そっと手を置いて。
「じゃあ、一緒に食べよう」
そのまま優しく、頭を撫でる。
(・・・マリさん)
言葉では聞かないけれど、ミランダが沈んでいるの分かっているのだろう。
大きな掌がミランダの頭を包むと、その温かさと優しい仕種にミランダは胸が温かくなって。
「はい」
そして、やっぱりこの人の胸に抱かれたいと、思ってしまうのだった。
夕食をすませ、とりとめのない話をしながら二人は食堂を出る。
行くあてがある訳ではないが、何だか離れがたくて。いつもなら、このまま談話室へと行き、そこにいる仲間達と楽しい一時を過ごすのだが。今日は、そんな気分にはなれなかった。
そんな気持ちを悟っているのか、談話室へ誘わないマリにミランダは少しホッとしていた。もしマリが談話室へ行こうと言えば、拒否する事は出来なかったから。
「ミランダ、この後何か予定はあるか?」
「え?」
ドキン、とする。
二人は談話室から離れ、自室へと向かう階段を上り始めたばかりで。突然のマリの問いに、ミランダは微かな希望を込めて彼を見つめた。
「何にも、ありません」
そう告げると、マリはホッとしたような表情をして、それから何となく気まずそうに軽く咳ばらいをする。
「その・・よければこの後、わたしの部屋に来ないか?」
「・・えっ」
「ミランダが、ゆっくり出来るのは今夜だけだろうから・・・・だめかな」
マリの顔が、うっすらと赤くなっているのを見て、ミランダもつられるように頬を染めた。咄嗟にマリの服の裾を掴み、
「だ、だめじゃないですっ・・」
言って、さらに顔は赤くなる。
これでは何を期待しているのか見え見えだわ、と自分で思った。
ふと、誰かが階段を上ってくる気配がして、ミランダはハッとしたように服の裾から手を放す。すると、それを拾い上げるように突然マリの手がミランダの手を握りしめた。
「行こう」
手を引いて階段を上りだすマリの顔は見えないが、彼の耳の赤さに期待は更に高まる。
(あ・・)
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