D.gray-man


3


悩み、といえば悩みなのだろうけど。

(何て言えばいいのか)

ティエドールは微笑みながらも、ミランダの手首をしっかりつかんで放さない。

(・・・・)

でも、いいのだろうか?言ってしまえば呆れられそうな気がする。

「あの・・た、例えばなんですけど」
「うん?」
「すごく面白い本を読んでいる時・・こう、終わりに近づくのが怖くて読むのを止めてしまうとか・・」
「ふんふん」
「い、いえ、止めたい訳じゃないんですけど・・ああでも、この例えは違うわね・・」

言いながら顔を曇らせた。

「つまり小説か何かの続きが気になる・・とかかい?」

首を傾げるティエドールに、ミランダは慌てて首を振る。

「ちっ違います、そうじゃなくて・・いつまでもある、と信じるのが怖い・・というか」

しどろもどろになりながらティエドールを見ると、彼は何かを考えるように顎に拳をあてながら、窓の外を見ていた。

「あの、元帥?」
「なるほどね」
「え?」
「それは・・ラビ?アレン?それとも二人ともかな」

眼鏡の奥がキランと光る。

「へ?」
「・・あの位の年頃の子たちは、そういった事に過剰な程興味があるからね」
「は、はい?」

何の事を言っているのかさっぱり分からない。なぜラビとアレンの名前がここに出てくるのだろうか。

「ましてやキミみたいな素敵な女性のなら・・僕だって欲しいよ」

眉間に皺を寄せながらため息をついて、再び窓の下を見る。ミランダは益々混乱してしまい、オロオロとティエドールを見て、

「あの、元帥なにか誤解を・・」
「で?どっちだい?」
「は?」
「まさか・・下じゃないだろうね?」

その瞳に強い憤りが見えて、ミランダはたじろぎつつ首を傾げる。

「上ならまだ話し合いの余地はあるが、下ならばきついお仕置きが必要だよ」
「あ、あの、先ほどから何のお話をしてるんでしょうか」

ティエドールの様子にハラハラしながら、ミランダが聞いた。

「何って、下着を盗まれたんだろう?」

真剣な面持ちで答える。

「えっ・・えええっ!?ち、ち、違いますっ」
「あれ?違ったの」
「違います!ち、違いますっ・・そ、そんなっ!」

顔を赤くしながらブンブンと首を振る。
『いつまでもあると信じるのが怖い』この言葉のどこに、下着ドロ云々に聞こえたのだろうか。さすが、と言うべきか行間の読み方も個性的だ。

「私が言っていたのは元帥の・・き、気持ちです」
「僕の?」

意外という風に目を見開いて、ミランダを見つめた。

「・・・・・」

ミランダは困ったように眉を寄せながら、視線を床に落とす。

「その、いつか元帥に・・幻滅されるような気がして」

羽織っているカーディガンの裾を、弄ぶようにいじくりながら。

「元帥の気持ちが・・いつか離れてしまうかもって・・怖くなるんです」

口の中で呟くようにぼそぼそと言って、カーディガンの裾をギュ、と掴む。

「・・ミランダ、何を言っているんだい?」

俯いていたミランダの両頬を挟むように、ティエドールは両手を添えた。顔を上げさせられ見上げると、なぜか悲しそうな表情でミランダを見つめている。

「そんな風に思わせていた僕が悪かったよ・・キミを不安にさせたんだね」
「ち、違います・・元帥は悪くなんて」
「いや、僕の愛情表現がうまくミランダに伝わらなかったんだ」
悔しそうに呟く。

「そ、そんな事・・」

そうミランダが否定しようと口を開いた時。

(!)

それはあまりに突然、ティエドールの唇が重なってきた。チュ、と軽い音を起ててゆっくり離されると、ティエドールはニッコリ笑っている。

「だからこれからは、不安になんて絶対させないよ」

どこか確信犯めいた声で言うと、再びミランダの唇を塞いだ。

「げ、んす・・だ、だめですっ・・んんっ」

こんな真昼の、窓際で。しかも扉一枚向こうの廊下からは人の声がしていた。
ティエドールの唇に押されるように、ミランダは二、三歩後退り背中にドン、と壁の衝撃を感じる。両手を握られて、壁に縫い付けるように押さえられると、ティエドールの唇はそっと離された。

「あんな可愛いこと言われたら、困っちゃうな」
「・・・・」

耳元で囁かれて、ミランダは戸惑うようにティエドールを見る。

「げ、元帥・・人が来ますよ、あの」
「そうだねぇ、あと30分もしない内に皆お茶を飲みに来るだろうねぇ」

のんびりと言いながら、ミランダの耳たぶを甘噛みしていた。

「っ・・!」

そのまま舌で耳たぶを転がして、ゆっくりねぶるように耳穴を舐める。そうされると、脳が痺れるような感覚がして口腔に唾液が溜まっていった。

(・・ああ・・)

よく慣らされた身体は、ささいな事でこうも快楽に反応してしまう。知らずに吐息をもらし潤んだ瞳で見上げると、ティエドールはうっとりと目を細めていた。

「僕はね、実を言えばほんの少しだけ怒っているんだよ」
「・・え・・?」
「少し・・だけどね」

カーディガンの中に着ているカットソーを捲くり上げると、ミランダの肌が日の光に照らされる。血管すら透けて見えそうな程の白い肌は、この状況でたまらなく淫靡に思えた。
白いビスチェの上からよく実った果実のような乳房をゆっくりと揉みしだく。両手で持ち上げるように揉むと、昨夜ティエドールがつけた薄紅色のキスマークが幾つか見え隠れしていた。

「ねぇミランダ、僕は・・キミの気持ちが、いつまでもあると信じているんだよ」

ティエドールの静かな声に、快楽にぼやけ始めていたミランダの頭が晴れていく。何か言わなければと口を開いたが、すぐにその唇はティエドールによって塞がれた。

「・・んっ・・」

優しいキスではあったが、いつもよりも荒さがその舌に出ていて。ミランダの拙い舌が応える隙もないくらい、ティエドールの舌は口腔を貪り吸い付く。
酸欠を起こしそうになる情熱的な口づけに、ミランダは目眩するようにふらりと足元へ崩れ落ち。それをティエドールが掬うように抱き上げ、自身の膝に乗せた。

乱れた息のミランダを愛おしそうに見つめながら、

「信じるのが怖いなんて言われると悲しいじゃないか」
「・・元、帥」

胸が締め付けられて、ミランダの瞳に涙が滲む。

「はい・・元帥」
「もう少し自信を持っていいんだよ、こんなにも僕が夢中になるくらいなんだ」

膝の上で、身体に押し付けるよう抱きしめられて。ミランダは目を閉じて、まるで小さな子供のようにティエドールの胸に額を擦り付けた。
絵の具と懐かしい土の匂い、それと日なたの温かい匂いが、ミランダの気持ちをほぐしていくような、心地がした。

(私は・・)

きっと、ただ枷を外してもらいたかったのかもしれない。

(あなたを・・もっと好きになっても、いいように)

こんな自分にいつかガッカリされる日が来るような気がして。ずっと自分に言い訳をしていただけなのかもしれない。

「元帥・・あの」
「さて」

ティエドールが抱きしめたまま、ミランダの頭にキスをして。

「このまま此処で続きをするかい?」
「っ・・!?」

ハッとした。
ティエドールの手はカットソーの中に潜り込んだまま、ミランダの乳房を玩んでいて。
もし今、誰かが扉を開ければこんな昼日中にいかがわしい痴態を見られてしまう。

「あっ・・あの、あのっ・・」
「そうだねぇ、僕もこんな可愛い姿を誰かに見せるのはなぁ・・違う場所に行く?」
「は、はいっ」

動揺したまま頷くと、ティエドールはニッコリと嬉しそうに笑いながら。

「嬉しいなあ、こんな明るい時間から愛し合えるなんて」

(・・・!)

そうだった。
咄嗟とは言え、こんな真昼間に・・なんて事を口にしたのか。
ティエドールはカットソーから手を抜いて、ミランダを軽々と抱き上げたまま立ち上がる。

「あの・・元帥、その・・」

オロオロと腕の中でティエドールを見て。

「せ、せめて夕方じゃ、駄目でしょうか・・?」

縋るような瞳で見ると、ティエドールはいつものように優しい微笑を向ける。

「だめ」

それからミランダの耳元に口を寄せると、

「言ったろ?・・僕は少し怒ってるって」

それは有無を言わせない、優しい口調だった。

「僕の想いをなかなか信じてくれない、意地悪な恋人にね」

悲しげに囁きながら目を伏せられると、ミランダは申し訳ないような、いたたまれないような気持ちになっていく。

「・・・・・」

ティエドールはそんなミランダを見透かすように微笑むと、

「では、行こうか」

朗らかに言って、ミランダを抱き上げたまま談話室の扉を開けた。







「おわっ!」

ラビの素っ頓狂な声に、アレンとリナリーは口を尖らす。

「ちょっとラビ、変な声出してズルしようとしてない?」
「そうですよ、見え透いた作戦を立てる前に早く数をかぞえて下さい」

缶蹴りで連続十回鬼になっているラビは、ムッとしつつ、

「違うって、今あそこにミランダとティエドール元帥がいたんだって!」
「ああ、そう言えばミランダさんらしき人はいましたね」

アレンは談話室の窓に視線を向ける。リナリーもつられるように顔を向けたが、そこには誰もいなかった。

「え?どこ?もういないわよ」
「いやー、それがさ・・」

ラビは軽く咳ばらいしながら頬を染めて。

「な、なんか・・キスしてたみたいで」
「え?」
「・・は?」

二人はキョトンと顔を見合わすと、想像したのか頬を染めた。

「う、嘘っ」
「いやマジさ。してた、絶対」

ラビはやや興奮気味に頷きながら、再び談話室の窓を見る。
もうそこの窓に人は無かったが、確かにあった影が無くなっていたのが、かえって現実的で。

「・・あ・・」
「え・・?」
「・・うわっ」

三人は缶蹴りの缶を置いたまま窓の様子を見ていると、
太陽の光に反射するように一瞬、二人の影が談話室の天井に映されたのが、中庭からも見えた。

さすがに何をしているかまでは一瞬の事だし、二階と一階だから分からないが、明らかに影は重なっていて。

「い、いや〜・・あはは・・」

ラビが気まずそうに笑う。

「・・・・・・」
「・・・・・」

アレンとリナリーは困惑気味に笑顔をつくるが、なんとなく無口になった。

「あ、そういやさ」

ラビは何かを思い出したように二人を見て。

「ティエドール元帥って・・おっかねぇよな」
「・・ああ」

アレンは思い当たる事があるのか軽く顔を引き攣らせたが、リナリーは納得いかないようで。

「どこが?優しくて素敵な元帥じゃない」
「いや・・リナリーは女の子だから」
「えー?」

首を傾げるリナリーに、アレンは困ったように肩を竦めながら。

「・・正確には、ミランダさん絡みでは怖いですよね」
「そうそれ!」

ラビがビシッと指を差し出す。

「え?そう?・・でも確かに元帥ってミランダに夢中よねぇ」

うふふ、とほほえましい風に笑うリナリーに、ラビとアレンは顔を見合わせる。

「いやいや、夢中過ぎて・・うっかり命の危険を感じるさ」
「わかります。僕、こないだ元帥に釘を刺されましたから」
「え?どういう意味?」

怪訝な顔で二人を見ると、アレンは声を落としながら、

「ほら、最近ミランダさん綺麗になってきたでしょ?だから素直にそれを言ったんです」
「うん」
「そしたら、なぜか元帥が突然現れて『ありがとう』って・・笑顔で・・」

リナリーは首を傾げて、

「いい話じゃない、なにが怖いの?」
「いえ・・・顔は笑顔なんですけどね、なぜか殺気をひしひしと感じました」
「え・・ええ?」
「分かる、オレは分かるぜアレン!」

ラビはウンウンと頷きながら、

「オレこないだ・・二班のペックに、すんごい殺気出しまくってた元帥見た・・」
「ペ、ペック班長・・」
「何やらかしたのよ、あの人」

すぐに想像がついて、二人は苦い顔になった。

「ミランダの手を握ったらしいさ。元帥、菩薩みたいな顔してたけど・・あの殺気はヤバかった」

思い出したのか、ラビはブルブルと震える肩を抱く。

「まあ、偶然いたマリがすぐにペックを連れ出したから・・良かったけど」
「ペック班長・・命拾いしましたね」

ラビとアレンは苦笑いをしながら、マリの苦労人ぶりにもほろ苦い気持ちにさせられた。
ふと、リナリーが何かを思い出したように、

「そういえば・・ペック班長、こないだ部屋に幽霊が出るとか騒いでたけど・・」

口元に指をあてて、呟く。

「え・・・?」
「幽霊・・?」
「なんでも、夜中にペック班長そっくりの男に『次はナシ』っていう紙を額に貼られた・・とか」

リナリーは言いながら、ある事に気付いて顔が強張った。

「・・ペック班長そっくり?」
「・・・・・・それって」
「まさか・・・」

「「「・・・・・・」」」

三人は次の言葉が喉まで出かかったが、あえて口にするのはやめた。
その幽霊の正体は恐らくかなりの高確率で・・ティエドールのイノセンスだろう。
しかしそれを気付いたからとして、自分達には何も出来る事はない。ミランダにスキンシップをしようとする命知らずな男には、『次』があった方がいい薬かもしれない。

「さ・・さっ!ラビ、早く十数えて下さいよっ」
「そうよラビ、じゃアレンくん隠れるわよっ・・」
「何回も・・言ってるけど、イノセンスは使用禁止だからな!とくにリナリー!」

三人は缶蹴りの缶へと一目散に走りだし、今までの話がなかったかのように楽しい遊びの世界へ戻って・・いや、逃げて行った。





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