D.gray-man
2
「独占欲・・?」
「なんだ、気がつかないのか?」
意外そうにミランダを見る。
(・・気づく?)
ミランダの記憶の中で、ティエドールがそういった態度や行動をした事はない。それどころかミランダが誰かと一緒にいると、優しげな瞳で見守るように見ていてくれる。
「あの・・独占欲って・・」
不思議そうにクラウドを見ると。
「あ、いや、すまない・・言葉が滑った。気にしないでくれ」
やや気まずそうにして、肩にいるラウ・シーミンを撫でた。
「は、はい・・」
頷きながらもやはり気にかかり、そっとクラウドを窺うが、ちょうどミランダの部屋の階に着いてしまい、結局聞きそびれてしまった。
クラウドはちら、とミランダに視線を向けて、
「では・・私はこのまま奴の所へ行くが、ミランダは部屋に戻るんだな?」
「・・はい」
なんとなく頬が染まる。
クラウドは、ふふ、と笑いながら軽く手を上げて、そのまま階段を下りていった。
(・・・・・)
そんなクラウドの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、ミランダは何となく持っている紙包みを強めに抱く。
(・・何か、言いづらい事でもあるのかしら)
クラウドがぽろりとこぼした、言葉が少し気になった。
自室まであと数メートルなのに、なぜか歩みが遅くなる。
早く部屋に戻ってシャワーを浴びたいのに、ミランダの頭はクラウドの言葉の意味を探していた。
(独占欲が強い?)
ミランダには、そんなそぶりを見せた事はない。
(もしかして・・)
扉まであと数歩の所で、ぴたと足を止める。実は以前からひそかに思っていた事がある。ティエドールの年齢を考えれば、過去に恋人の一人や二人・・いや沢山の女性がいただろうと。
(クラウド元帥は、それを知っているのかしら・・)
だから過去の話として、つい口を滑らせたのかもしれない。
言った後の気まずそうなクラウドの表情を思い出すと、ミランダは何となく納得してしまった。
ドアノブを手に取り、カチャリと音を立てて扉を開く。一歩足を踏み入れた時、何か不思議な違和感を感じて、ミランダは戸惑った。
(あ・・)
ミランダは抱きしめるように、両手で肩を抱く。
一晩で染み込んだティエドールの匂いが、自分の身体からする事に気付いて、頬が染まった。
(・・元帥・・)
扉を背にして、うずくまるようにしゃがみ込むと、ティエドールの匂いに包まれているようで。少し前に離れたばかりなのに、もう恋しくて堪らない。自分でも情けなくて落ち込んでしまう。
(独占欲が強いなんて・・それは私の方ね・・)
目を閉じて、貰った夜着が入った紙包みに顔を埋める。シャワーを浴びるつもりだったけど、洗い流すのがもったいないような。
まだもう少しだけ、ティエドールに包まれていたくて。
(・・・・)
そんな事を思ってしまう自分は、やはりどうかしているとため息をついた。
「何をやっているんだ・・おまえは」
クラウドはその光景に顔を引き攣らせた。
「え?」
キョトンと振り返るティエドールはなぜか上半身裸で。鏡に向かいながら、粘土で自分の身体を形作っていた。
クラウドはそのリアル過ぎる、ティエドール像に後ずさる。
「なんだ・・それは」
「何って、僕だけど」
「見ればわかる・・そうじゃなくて、そんな物をどうするつもりだ」
嫌な予感をしつつ、確認の為にも聞いてみる。ティエドールは額に光る汗を爽やかに拭きながら、
「ミランダにプレゼントしようと思うんだ」
ニッコリ笑った。
「・・・・・・」
やはりな、と心の中で呟きながらクラウドは部屋を見渡す。
(相変わらずだな・・)
アトリエ中に飾られてある、ミランダと思しき女性の絵画や彫像。この部屋に入った人間なら誰もが、この暑苦しく燃えたぎるミランダへの想いを実感するだろう。
「おまえ、おかしいんじゃないか?」
「何がだい?」
「普通、こういうのは他人に見せたくないんじゃないのか?」
でかでかと部屋の中央に飾られてある、ミランダがあられもない姿をした油絵を指す。
どう見ても夜の情事を思い起こされて、見ている方が気まずい。
「違うよ。こんなに綺麗だから、見せびらかしたくなるんじゃないか・・」
僕のミランダをね、と笑った。
「フロワ・・もし私が恋人なら、おまえを間違いなく刺してるな」
こんな羞恥プレイには耐えられない。
「はは、クラウドの愛情表現は過激だなあ」
「おまえに言われたらおしまいだ」
粘土のティエドール像を見ながら、
「それ、本当にミランダにやるのか?」
「ああ。等身大の僕をミランダの部屋に飾ってもらうんだ」
力強く頷きながら、ティエドールはやや真剣な面持ちで、クラウドを見る。
「実は・・少し心配でね」
「心配?そんな人の子みたいな感情、おまえにあるのか」
「・・寝ているミランダを見ていたら、あんまり可愛いから・・」
ハア、とため息をつきながら。
「僕がいない間・・誰かが彼女を誘惑するのではないか、と心配なんだ」
クラウドは呆れて、遠くを見る。
あれだけミランダ、ミランダと教団中で所構わず言っておいて、どこの猛者が彼女を誘惑しようとするのだろう。
無意識かわざとか、あれだけ周囲を牽制しておいて何をいまさら。
「・・で、なんでソレなんだ」
顎で粘土のティエドールを指す。
「これは、ミランダがそんな誘惑に万が一も負けないように、お守りだよ」
「お守り・・」
「そう、淋しい時は抱き着く事もできるし、冷たいけどキスや一緒に寝ることだって出来る!」
「・・・・・」
その前にそんな気色悪い物を贈ったら愛想を尽かされるとか、そういう発想はないのだろうか。粘土の状態でこれ程ならば、石膏で型をとったり色づけなどしたらリアル過ぎてドン引きだ。
「おまえ・・そんな事に時間使うなら、せめてミランダが目覚めるまで一緒にいてやれ」
やれやれと肩を竦めながら言うと、ティエドールがハッとしたように時計を見て。
「ああっ・・しまった!こんな時間じゃないか」
時計は10時をさしている。
「久しぶりにミランダと朝食をとる予定だったのに、これでは昼食だ」
ああしまった、と頭を掻いた。
「言っとくが、ミランダはもう自分の部屋に戻ってるぞ」
「なんだって?」
「いや、普通目が覚めて誰もいなかったらそうするだろ」
面倒そうに言って、頭を振る。
「それより、フロワ。私が頼んだ物は手に入れてきたろうな?」
「ああ、例のブルーチーズだね。ちょっと待っててくれ」
ズタ袋のような愛用の鞄をごそごそ探して、
「はい、これ」
差し出された物に、クラウドは眉を寄せた。
「おい・・私が頼んだのはロックフォールだぞ。これはゴルゴンゾーラじゃないか」
「どっちも同じブルーチーズなんだから、いいじゃないか」
「よくない・・ゴルゴンゾーラならば貴様に頼まずとも、自分で何とかしたわ」
クラウドがキッと睨み付けると、ティエドールはやれやれと肩を竦めながら。
「実はね、ミランダに素敵なナイトウェアを見つけたんだよ」
「なに?」
「だからさ、嫌じゃないか・・ナイトウェアがあの臭いって」
ね?と言いながら顔をしかめる。
「・・おい」
確かに、ロックフォールはブルーチーズの中でもかなり強烈な匂いがするのは分かるが・・。
「・・フランスと言えばロックフォールだろうが、なぜイタリアのチーズを買ってくる」
しかもおまえはフランス人だろう、と。
クラウドは片眉を吊り上げたが、このままティエドール相手に怒るのも馬鹿らしく、ゴルゴンゾーラを握り締めたまま、深くため息をついた。
(・・それにしても)
ふと、さっき会ったミランダを思い出す。彼女はよくこの男とまともに付き合えるものだ。他人にこうもミランダへの想いを明け透けなく語る男なら、二人きりの時はさぞかし大変だろう。
(・・いや)
見たところミランダは、のんびりというかティエドールの暴走をあまり気にしていない・・というか気付いてもいない様にも見える。
(そういえば、フロワの異常なまでの独占欲にも気付いていない様子だったな)
「・・・・・」
端から見ていて、暑苦しい程の愛され方をしているのに、当のミランダはそれほどにも感じていないとは、驚きを通り越して奇跡的な鈍さだ。
「フロワ・・ちょっと聞きたいんだが」
「なんだい?」
「おまえはミランダの前でも、そんな感じなのか?」
「そんな感じ?どういう意味だい」
首を傾げながらクラウドを見たが、クラウドは手を顔の前で振り、
「・・・いや、おまえ達お似合いだよ」
「ああ。ありがとう」
当然、とでも言いたげに微笑むティエドールを見ながらゴルゴンゾーラを持ち、
「金は払わんからな」
そう言ってクラウドはティエドールのアトリエを後にしたのだった。
お茶の時間には早い談話室で、小さな鏡とミランダは見つめ合っている。
「・・・・」
鏡に写る自分の顔は、相変わらずの不幸顔。
(お化粧・・してみようかしら)
とはいえミランダは何度か化粧に挑戦するも、持ち前の不器用さで、妖怪じみた顔になってしまい、実は口紅すら持っていない。
(・・見れば見るほど、地味な顔)
ため息をつきながら鏡をポケットにしまい、冷めた紅茶をすすった。
本当は本人が思うほど酷くはないのだが、自分に自信が持てない彼女はどうしても悪く考えてしまう。
(元帥は、美しいものが好きよね・・きっと)
芸術を愛するあの彼が、どうして自分のような華のない女に目を向けてくれたのだろうか。この教団にはミランダより美しくて華やかな女性は、たくさんいるのに。
(・・クラウド元帥とか・・)
美しくて強くて、同じ女として憧れてしまう。
テーブルに頬杖をつきながら考えるように窓の外を見ると、春らしい午後の陽射しが室内にこぼれて、ミランダは誘われるように立ち上がり、窓際へと歩き出す。
二階から見える中庭の木々には綺麗な緑の葉が茂っていて、小さな蕾も確認できた。
(あら・・?)
中庭にリナリーがいるのに気付いて、軽く目を見開いた。
リナリーはラビやアレンと楽しそうにふざけあっているようで、笑い声がここまで聞こえていた。
(ふふ、楽しそう)
子猫がじゃれあうみたいな三人に、ミランダはつい頬が緩む。
ラビが二人を追い掛けていて、リナリーとアレンが飛んだり跳ねたりするように逃げている。まるで鬼ごっこのような光景に、ミランダはクスクスと笑みがこぼれた。
(リナリーちゃん・・)
さらさらした黒髪をなびかせながら、眩しい笑顔の彼女はなんて可愛いのだろう。
誰もがリナリーに目を止めずにいられない。選ばれた人間というのは彼女みたいな事を言うのかと、憧れにも似た気持ちでリナリーを見ていた。
(もし・・あんな風に可愛く生まれていたら、少しは、自分に自信が持てたかしら・・)
そんな馬鹿げた考えが頭を過ぎってしまったのは、まだクラウドの言葉がどこかで引っ掛かっているからかもしれない。
過去にティエドールと付き合った女性達は、どんな人達だったのだろうか。きっと皆、美しい人達であったろうと想像してしまう。
(いいのかしら・・私)
自分のような女がティエドールの側にいてもいいのだろうか。迷惑になっていないだろうか・・。
しかし離れるのはミランダには苦しすぎて。こんなにも四六時中彼の事ばかり考えているというのに、離れるなんてできない。
(・・元帥・・)
「何を見ているのかな?」
「!」
背後に聞こえた声に、ビクッと体が反応してしまう。
振り返るとティエドールが不思議そうな顔でミランダを見ていた。
「あ・・元帥」
考えていた当人の急な登場に、ミランダの顔は赤くなる。ティエドールは窓の下を眺めながら、微笑んで。
「あの子達を見ていたのかい?」
「は、はい」
頷いてそっとティエドールを窺うと、彼も三人を見ながら楽しそうに笑っていた。
(・・・・・)
その優しそうな眼差しに、ミランダの胸はときめいてしまう。ティエドールはミランダの視線に気付いたのか、ふふ、と笑いながらミランダの右手を握った。
(・・!)
「いいよね?」
屈託のない笑顔。
「は、はい・・」
ドキドキしてしまう。
ここは談話室で、いつ誰が入ってくるか分からない公の場所なのに。
「それにしても、リナリーは大人になったなぁ・・」
感心したようにティエドールが、ぽつりと呟いた。
さっきの情けない考えを見透かされたかと思い、キュ、と繋いだ手に少しだけ力がこもる。
それに気付いたのか、ティエドールは視線をミランダに戻し、繋いだ手を両手で包み。
「ミランダ、そんな子犬みたいな顔して・・どうしたんだい?」
「え・・」
「すごく、可愛い」
手袋ごしにティエドールの唇が触れるのを感じた。
「何か、考え事かい?」
「え・・あ、あの・・」
手の甲へのキスが開かされた掌へと移り、唇は手首へと進む。
血脈を確かめるように、ちゅ、と微かな粘着音が鳴ると、ミランダは自分の心臓が速まるのを感じた。
ティエドールは、ミランダの細い手首を人差し指と親指で軽く挟み、優しく摩る。
「それとも悩みかな・・?」
「悩みなんて・・・」
否定しようと口を開いたが、彼の優しくも鋭い視線を受けて。
「・・その・・」
ミランダは、困ったように口をつぐんでしまった。
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