D.gray-man
1
任務を終えたマリが本部へ戻ったのは、夜の10時を過ぎていた。
こんな時間にジェリー達の手を煩わせたくないから、食堂で残ったパンをいくつか貰い自室へと向かう。
教団内はまだ騒がしくて、様々な雑多な音が耳に滑るように入り込むと、ようやく帰還を実感してマリは表情を緩ませた。
(・・疲れたな)
今回の任務は手間取った方だ。
地形的に山や谷が多く、AKUMAとの戦いも困難を極めて。正直何度かひやりと感じた場面もあり、こうして無事に帰れたのは幸運だと思う。
(・・・・・・心配しただろうな・・)
ふと、恋人であるミランダを思う。
無線ゴーレムの故障もあり、任務中連絡が取れなくなっていたから、自分の安否が不明なのも、きっと彼女の耳にも入ったはずだ。
(まだ起きているだろうか、この時間なら風呂かな?)
無事に帰ってきた事を知らせたい思いもあるが、それ以上に自分自身がミランダに会いたい。
声が聞きたい。そして、できれば抱きしめて共に眠ることができたなら・・。
階段を上る足がミランダの部屋がある階で止まり、このまま部屋まで行ってしまおうかと考えたが、結局迷いを断ち切るように首を振り、マリはそのまま階段を上った。
(・・・危ないな)
苦笑して。
会いたいけれど、実を言えば理性が抑えられる自信がない。久しぶりの再会に、あまり驚かせては申し訳なくもある。
マリは心を残すように、ふう、とため息をつきながら少しだけ重い足取りで自室へ目指した。
不思議な違和感を感じて。
「・・?」
それは自室まであと数メートル、という所。足を止めると、ヘッドフォンに手をあて音を拾う。
(これは)
自然と笑みがもれ、唇からマリの歯が僅かに覗いた。自室からすうすうと、穏やかな寝息が聞こえている。その音は間違いなく愛しい恋人のもの。
マリの部屋で安らかな眠りにつく彼女の姿を感じる。
(ミランダ・・・)
マリは逸る気持ちを抑えるように、ひと呼吸置いて自室の扉のノブを静かに回し、後ろ手に扉を閉める。音を立てないように静かに彼女へと近づいた。
明かり一つ点けた気配も持ってきた様子もないから、おそらくそう暗くない時間帯からこの部屋にいたようだ。
ミランダにしてはめずらしく、靴がやや乱雑に脱ぎ捨てられていて。ベッドとの距離を思えば、きっと横になって足だけで脱いだと思われる。
靴をそっと揃えると、マリは床に膝をついてミランダの様子を確かめた。
マリの枕を抱きしめるように、眠る姿が愛しくて。そっと頬を指で撫でると微かに涙の跡を感じて、胸が甘く締め付けられる。ベッドが軋まないようその頬に唇を落とすと、
「ただいま、ミランダ」
耳元で囁いた。
唇に感じた彼女の頬は柔らかくも、少しだけ冷たい。くるりとした巻き毛の生え際を指でなぞると、マリはそこにも唇を寄せる。
「・・・ただいま」
そっと離して、ミランダの小さな頭に頬を寄せると、マリはその見えない瞳を閉じて小さく息を吐いた。ようやく帰って来たのだと、マリの心がここに来てようやく安らかに治まっていくのを感じる。
マリは両手をのばし、ミランダの体を優しく引き寄せると、背中から包むように抱きしめた。
足で引っ掛けるようにやや乱暴にブーツを脱いで、ゆっくりと体重をベッドへ移す。
髪に顔を埋めて匂いをかぐと、カモミールのような優しい香りにほのかに汗が混じったような甘い香りがした。
「・・ぅ・・ん・・」
ミランダは軽く身じろぎするものの、まだぐっすりと眠っている。顔を傾けてミランダのこめかみに唇を落とすと、マリは微かなため息をもらしながら、
「・・・ミランダ」
名前を呼ぶ声が、自分でも掠れているのが分かって。
気持ちよく眠る彼女をこのままにしてあげたいとは思うが、できれば目覚めて欲しい。
我ながら獣のようだ、と思う。
久しぶりに感じた彼女の体温と匂いに、自分でも制御できない熱を感じていた。
「ミランダ・・」
再び名を呼んで、指先でミランダの唇をなぞる。軽く押して柔らかさを確かめると、指腹でキスするように優しく撫でた。
それからツツ、と滑らせて顎先をたどり細い喉元に触れると、人差し指で血脈を確かめる。トク、トク・・と動きを感じると、胸に温かくも優しい気持ちが広がった。
(・・・・・)
マリがドレスの襟をためらいがちになぞり、そっと指を浅く滑らせると、鎖骨に届かない位置に指が触れ、指は求めるように首元のボタンを一つだけパチンと外してしまった。
華奢な鎖骨をその指で感じると、マリは胸に甘い疼きを覚えてゆっくりと身を起こす。
(・・・ああ)
抱きしめるように、首筋に唇を寄せた。温かくて柔らかい感触に、目眩しそうなくらい胸が焦がれる。
抱きたい、と。寄せた唇が熱を持って軽く吸い付いた時、
(・・駄目だ)
頭の中でもう一人の自分がそれを諌めた。
「・・・・・」
自嘲するように口の端を上げて、唇を離す。
ミランダに被さるようにしていた体勢をゆっくり離しながら、はあ、と息を吐いた。
(やはり・・疲れているな)
眠る彼女に、こんな行為をしている自分が信じられない。梳くようにミランダの髪をなでると、指に巻き毛が絡まって。マリは愛おしむように、それにキスをした。
「・・・ん・・」
ミランダの唇から吐息に紛れて微かな声がもれたのが聞こえると、彼女は抱きしめている枕に軽く顔を擦りつけ、僅かに眉根をよせながらうっすらと瞳を開いた。
ぼんやりとまだ視点の定まらない瞳がマリを捉えて、
「・・・マリ・・さん?」
夢見るような口調で呟く。
枕を掴む彼女の手をマリは包むように握ると、
「ただいま・・ミランダ」
微笑した。
ベッドの上で、まるで寝込みを襲うような事をしたから、少しバツが悪い。マリは片肘をついてベッドから上半身起き上がると、ミランダを見下ろすような姿勢をとる。
これならあまり密着し過ぎないから、ミランダも緊張しないだろう。身体の関係はあるもののミランダはまだまだ初々しくて、こんな風にいきなりの密着に、心音が速くなるのをマリの耳は知っていた。
「マリ・・さん?」
「ん?どうした」
「・・・・本当に・・?」
ミランダの声は微かに震えている。
マリは小さく頷くと、ミランダの手を自分の頬にあてて、
「ほら・・大丈夫、幽霊でも幻覚でもない」
ふふ、と笑った。
手袋ごしに彼女の指が震えているのを頬に感じると、マリはそっと屈んでミランダの頬をその手で包んだ。
「どうした・・」
頬に触れた指が温かい何かに濡れて、マリは声が途切れる。
(・・・)
それがミランダの涙だと知り、胸がぎゅうと締め付けられた。
「・・心配かけたな」
「・・マリ・・さ・・」
鳴咽をもらしながら、ミランダはマリの頬を確かめるように摩っていて。その様子に彼女が自分をどれ程心配していたか、よく分かった。
「・・ミランダ・・」
親指でそっと涙を拭う。
温かい滴りが、拭ってもどんどん溢れてきて。マリはたまらず、ミランダの瞳に唇をつけそれを吸った。
「ただいま、今帰ったよ・・」
もう一度、声に出す。
「う・・ぅっ・・マ、マリさんっ・・」
泣きながら縋り付くように、ミランダはマリの服を握り顔を寄せた。
「ミランダ、ただいま・・・」
涙を吸いながらマリは彼女を抱きしめると、その愛しさに目眩がしそうだった。
「おか・・お帰りなさい」
ミランダの手が背中に回り、存在を確かめるよう指にギュと力を入れる。
(ミランダ・・)
ただいま、と応える代わりにマリは包むような口づけをした。
触れた瞬間、脳が痺れるようにじんとして。小さな彼女の唇が応えるようにうっすら開いたのを感じると、マリは優しく舌を滑らせた。
涙を吸った後からか、ミランダの口腔は甘く感じられ、マリは静かにそれを味わう。撫でるように舌を絡ませると、それに応えるようミランダも控え目に舌を絡ませてきて。
(ああ・・)
なけなしの理性が飛びそうになる。このまま、貪るように彼女を抱きたい。
衝動を抑えるように、マリはシーツをギュウと握りながら唇をゆっくり離した。離れる瞬間に微かな粘着音が鳴り、はあとミランダが切なげな吐息をもらす。
(・・ミランダ・・)
離れるのを恐れるように、背中に回した彼女の指の力が増したのを感じると。
愛おしさに鳥肌が立ち、マリは吸い寄せられるように再びミランダに口づけをしていた。
(・・駄目だ・・)
もう制御できない。
白旗を掲げるように、マリはミランダの後頭部を支えながら、その唇を貪る。
「ん・・・っん」
もれる吐息すら、惜しむように。全てが欲しいと、全てを自分の物にと。
そう主張するみたいに、マリの舌はミランダの口腔を優しく蹂躙していった・・。
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