D.gray-man
1
「ミランダ?何しているの?」
リナリーは、不思議そうにミランダを見た。借りていた本を元に戻そうとハシゴに上ると、ミランダが図書室の隅に隠れるようにして座っていた。
「リ、リナリーちゃんっ・・・」
明らかに、動揺を隠しきれない様子。
「あ、あの・・リナリーちゃん・・ここにいる事、誰にも言わないでくれる?」
もじもじと小さな声で、囁いた。
「いいけど、どうかした?」
ミランダは、あの、その、と言いづらそうにしながら
「・・マリさん・・帰ってきた・・?」
「マリ?ええ。さっき兄さんのところで会ったわよ」
「そ・・そう」
みるみる顔が赤く染まっていく。リナリーは、首を傾げながら
「・・もしかして、マリから隠れてる?」
「!!」
ミランダの体がビクン、と跳ねた。リナリーは苦笑しながら、
「ミランダ、忘れてるでしょ」
自分の耳を、指差して
「マリの、聴覚」
「・・・・!」
「多分、もうバレてると・・えっ!ミ、ミランダ!?」
ミランダは、リナリーの話が終わる前に、出口へと駆け出していた。
それは、マリが任務へ行く前日・・・。
人気のない暗い談話室の一角で、夜に紛れるようにキスをした。幾度か、重ねられたその唇は、とても熱くて。
「ん・・・ふ・・」
ゆっくり舌が侵入して、柔らかな感触を感じて、吐息がもれた。
マリとは、恋人という関係になって、それなりに時が経っていたが、いまだにキスから先には進んでいない。
「・・ミランダ・・」
求めるような、切ない声に、ミランダの胸は痺れる。月明かりが、マリの顔を照らし、その表情は、苦しげにも見えた。
「ミランダ・・本当に・・」
その後は、声にならず、再び、唇を奪われる。
「・・ん・・はっ」
ミランダは、予感がした。今日、求められるかもしれないと。
胸が、早鐘のように鳴る。ふいに、マリの唇がはなされて少しの沈黙の後。
「・・部屋に、来ないか」
低い声で、言った。
ミランダは、身をキュッと硬くする。
(ど・・どうしよう・・)
言葉が、出てこない。新たな関係へ足を踏み出すのが、怖い。けれど、反面その関係を望む自分もいて。
(いまさら・・何を考えているの・・)
でも・・でも・・。
(・・迷う必要ないのに)
その時、突然頭を撫でられて。マリが、苦笑しながら
「無理強いする気はないんだ」
「マリさん・・・」
そのまま、守るように抱きしめられた。
「だが・・・もう、待ちたくないな」
「・・!」
いたずらっぽく囁く。耳から、熱が広がるように顔が熱くなった。
「マリさん・・あの・・」
「・・?」
暗闇の中、心臓の音が耳にこだまする。
「・・・任務、生きて帰って・・くださいね」
勇気を振り絞るように、マリの手を、そっと握った。
「帰ってきたら・・・・」
帰ってきてくれたら・・・あなたと。
「・・・必ず・・約束しよう」
マリは、ミランダの頬にキスをして、そのまま全てを包むように、抱きしめられた。
そうして、約一週間の任務を終えて、マリは今日帰還した。
(わ、わかってるわ)
往生際が、悪いこと。
(でも・・だって・・・なんだか)
ミランダの顔が、茹で上がったみたいに赤くなる。
(どんな顔で会えばいいのか)
会って、お帰りなさい、を言いたいけれど。きっと、意識してしまう。ああ、なんだか、ふしだらな事ばかり考えてしまって・・・・。
(もうダメ)
しゃがみ込み、手で顔を覆う。ふと、辺りを見渡す。
(ここ・・・・)
「!!」
ミランダは、慌てて立ち上がり、急いでその場から駆け出した。そこは、マリの自室があるフロアだった。
時間にして、夕方の6時。この夕食時に、いるはずもないと分かっていてもミランダは、焦る。
そもそも、なぜ逃げているかも、自分ですら分かっていない。フロアは、全体的に薄暗く、まだ灯が点されてなかった。
(く、暗いわ・・)
少しだけ、恐ろしい気持ちになりながら慎重に、階段を下りる。
ゆっくり、ゆっくり、けれど、大体に於いて、事は彼女の思うようには動かない。
「!!!」
(ま、またっ・・!)
慣れた感覚が、ミランダを襲う。と、同時に階段を滑るように、足を踏み外した。
「ヒィ・・!」
目をギュッとつむり、衝撃に耐える。
(?)
何か、大きな力で引き上げられて。
(・・・あ・・)
それは、腕。
見覚えのある、硬い腕に、背後から抱きしめられていた。
「・・・捕まえた」
低い声に、耳元で囁かれる。
「!!・・・」
(マリさんっ)
心臓が跳びはねるように動き出した。
「お・・お帰りなさい・・」
ようやく、言葉が出て。
「ただいま・・」
マリが、ミランダの髪に顔を埋めているのを感じた。
「鬼ごっこは、これで終わりでいいかな・・?」
そのまま、ミランダの体を抱き上げる。
「えっ!?・・マ、マ、マリさん?」
「・・行くぞ・・」
小さく笑った。
「えっ?えっ・・?ええっ!?」
(ち、ち、ちょっとーっ!?)
ミランダの心の叫びを、知ってか知らずか、マリはそのままずんずんと歩いて行った。
マリの自室まで、連れて来られ、ミランダはベッドへ下ろされる。緊張から、少し震えた。
(わ、わ、わわっ・・・)
「ミランダ・・」
声を掛けられ、ビクリと反応する。そっとマリを窺うと、こちらを向いて苦笑していた。
「これを」
差し出されたのは、小さな小袋。開くと、甘い香りの香り袋だった。
「バラの、香り」
「近くに、バラ園があって・・素晴らしい香りだったから」
おみやげだ、と笑う。
「マリさん・・・」
甘い香りに、胸がときめく。
「本物を、持ってきたかったが・・そうもいかなくてな」
言いながら、ミランダに向かい合うように、椅子に座った。ミランダの胸に、温かいものが広がる。
「・・・嬉しい・・」
ポプリを胸に押し当てた。
「その、ミランダ・・あまり・・無理をしなくて、いいんだぞ」
「え?」
キョトン、としてマリを見た。
「・・・無理強いは、しないと・・言っただろ?」
優しく、頭を撫でられる。意図する事を察して、ミランダは、顔が熱くなった。
「そ・・そういう・・訳では」
消えるように、呟く。マリは、可笑しそうに笑い
「だから、あまり逃げないでくれ」
「!・・マ、マリさん」
(やっぱり、気付いてたのね)
マリは、さて、と立ち上がった。
「久しぶりに、一緒に夕食をとろうか」
す、と手を差し出されて、その手を取る。
(・・マリさん・・)
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