煙草の煙と紫



 灰色に濁った煙が狭い部屋を充たしていく。禄は空ろな目でモヤモヤと宙を舞う煙をただ見つめていた。この煙はなんだろう。白っぽいのに少し黒い。完全な白になりきれなかった。出来損ないの白だ。出来損ないだから行く宛もなくこうして宙を彼方っているのだろうか。嗚呼、まるで。
「まるで、僕みたいだ」
 禄はぽつりと呟いた。
 その小さな声に気付いたのか出来損ないの濁った煙がふわりと一瞬大きくなり、次に見たときは微粒となり空気中に溶けていった。亡くなった。うーんまろやか。みるきぃ。
「臭かった?」
 そう聞いてきたのは吉田だ。禄は黙って吉田を見つめる。
「…吉田」
 キィと椅子を鳴らしながら申し訳なさそうに此方を見ている吉田の手には一本の煙草が握られていた。ああ、あの煙は煙草の煙だったのか。通りで胸の辺りが少し息苦しい。禄はスンスンと小さな鼻で周りの臭いを嗅いでみる。煙草特有の匂いはするが別段嫌だとは感じない。いや、少しだけ煙臭いかな。癌の元だっけこれ。博士よく言っていた気がする。
「譲の体に悪いと思う。」
「譲の居ないところで吸ってるつもりなんだけど。」
 譲の居ないところと言うのは主にこの部屋の事だろうか。失礼なやつだ。嫌な煙ではないが何と無く嫌な気持ちになった禄は黙って部屋の一番大きな窓を開けた。ヒュウッと8月にしては寒い風が部屋に入ってきた。その風に誘われてか、灰色の煙が禄のもとへと流れてきた。
 ふわり、ふわり。
 煙草のきつい煙臭さが禄の鼻孔をつく。つうんと鼻の奥が痛む。煙草の臭いは気にならないがこの鼻の奥が痛むのがどうも煙草を吸う気を起こさせない。禄は顔をしかめながら手で煙を払った。払われた空気はまた微粒に姿を変え夜に溶けてゆく。灰色から紫色に染まってゆく。指先に付着したそれも夜に吸い込まれた。
「やっぱり」
 煙草の臭いは嫌いではないが鼻の奥がつうんと痛むのが嫌いだ。直ぐに消えてしまう煙が嫌いだ。ぐりぐりと押し付けると落ちて行く灰が嫌いだ。煙草を吸うその手が嫌いだ。あの子を思って煙草を吸うその唇が嫌いだ。
「煙草は体に良くない。」
 煙草の匂いがするお前が嫌いで、嫌いで、嫌いで、泣きたくなる自分が嫌いだ。
「未成年だからな、譲」
「…ああ」
 白になりきれない煙。
 嫌いになりきれない自分。
「帰るよ」
「ああ」
 そう言って吉田はこの部屋から出ていった。
 紫に溶けてゆく煙と煙草の苦い匂い残して。
 届かない思いを胸いっぱい吸い込んだ。
 君は癌の元で僕だけのマルボロ。







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