寝癖と片思いと里帰り



「おーい、禄。酒飲もう。」
 そう言って大量の缶ビールを手土産に酔っ払いが家に上がり込んできたのはもう3時間も前の出来事。今はどうしたかというとほろ酔いだった酔っ払いは完璧に出来上がっており、僕のベッドの上で気持ち良さそうにいびきをかいて眠っている。
「ちょっと勘弁してよ、ね、吉田ってば…」
 沢山の空き缶をかき分けながら乱暴に胡座をかいて座る。全く明日から仕事が休みだからってこんなに開けて。誰が二日酔いの介護するんだと思ってるんだろうか、このおっさんは。しかも人のベッドで寝やがるし。はあ、と小さな溜め息が零れる。
 年末年始は譲は母方の祖父母の家に帰っていった。何でも向こうが帰ってこいとうるさいらしい。うるさいと言っても「吉田さんに迷惑がかかるから」という良心的なものと一人孫と年末年始くらいは一緒にいたいという祖父母の細やかな願いからだ。吉田も吉田で特に断る理由もないため「なら、よろしくお願いします。」と譲を帰郷させた。当の譲は「しのぶくんと一緒がいい」と駄々をこねて少々手間がかかったらしいが。そう言えば、駅まで帰郷する譲と祖父母の家まで送りにいく吉田を車に乗せたとき、譲の目が若干赤かった気がする。
 と、まあそんな譲がいない年末年始な訳だがまさか吉田が酔っ払って羽目を外しかけるとは思わなかった。吉田と知り合ってから数年経つがこんな風にべろんべろんに酔っ払っている所はおろか、顔が赤らむまで酒を飲んでいるところを見たことがない。隙間も開いていないベッドに凭れ、ちらりと息をたてて眠っている彼の顔を見る。その顔は赤らんでさえはいるが先程までの間の抜けた顔はしておらず、いつもの整った顔をしていた。
「ったく。」
 ばーか、と思いながら寝顔を見つめる。こんな風になってしまう程疲れていたのか、と思う。今は気持ち良さそうに寝ている彼にもきっと色々思うことがあるのかもしれない。そりゃ、そうだ。結婚もしていないのに小学生を引き取ってこれから一生育てなくてはいけないのだから。並大抵の覚悟では出来ないだろう。そういえばあの日吉田が譲をこのアパートに連れてきてから1年以上経っているんだな。きっとあの日から顔には出さずとも気を張っていたのだろう。真面目だから、吉田は。
 まだむし暑さが残るあの日の事が脳裏に浮かんだ。昔の知り合いの葬式に行ってくると言って出かけたその日、吉田はまだ11歳の譲を連れて帰ってきた。そして、「これからこの子は俺が育てる。」と言ったのだ。僕は譲の顔を見た途端、まだあいつは雪治さんへの未練があるんだなと分かった。そして、同時に僕もこれ以上吉田に深入りするのは止そうと決めた。
「…う、ん…」
 ごろんと寝返りを打った彼の髪は可愛らしい寝癖がついていた。くしゃっとした寝癖は普段のエリート銀行員の面影はなく、逆にいとおしさを感じる。思わず、寝癖に手が伸びてしまった。柔らかい彼の髪の毛が手のひらに触れる。止めていた気持ちが一瞬溢れだしそうになった。
「…っ、」
「…ん、…ゆずる…?」
 髪に触れていた手をすぐに引っ込める。
 吉田は閉じていた瞼を眠たそうに開け、僕の方を向いた。
「…なんだ、禄か…ああ、そういえば、譲は、おばあちゃん家だったな」
 吉田はそう言うと寂しそうに笑った。
 なんだ、やっぱり、駄目なんだ。期待なんかしたところで僕なんかが吉田の中に入り込む隙間なんてないんだよ。僕は引っ込めた手でぼさぼさの吉田の頭をぽかりと一つ叩いた。
「なんだよ、寂しいの?」
 雪治さんが亡くなったと吉田から聞いた時、心のどこかで喜んでいる僕がいた。これでやっと吉田が振り向いてくれるかもしれないと思った。
「…うん。ちょっとな。」
 確かに、譲を引き取ってから吉田は気を張っていたかもしれない。だけど、いくらエリートだからって気を張ったまま1年以上も子供と二人で暮らしていけるはずがない。そこにはやっぱり譲への思いと拭っても拭いきれない雪治さんへの思いがあるのだ。今日だって、譲がいない寂しさを紛らわすために僕の所へ来たのだろう。
 あーあ、バカだなあ、僕。だから、あの日に深追いしないって決めたのに。すれば、するほど、期待が大きくなれば、なるほど辛くなるのは自分だって分かっていたのに。どうしてこうも、一度持ってしまった彼への思いを絶ちきれないのだろうか。
「…きも。」
「え、キモい?」
「だいぶね。」
「…うわあ、結構傷付く」
「ざまあみろ」
 ざまあみろ。
 吉田なんか傷付けばいい。何度も何度も傷付けばいいんだ。
「あー、もう、飲み直そう!吉田のせいでまだ僕酔っ払ってないし!」
「そうだねえ、今日くらいはオールナイトしますか。」
「…古いよ、吉田」
「えっ」
 そうやって何度も何度も傷付いて、報われない思いに泣いていればいい。
 そしたら、僕も一緒に泣いてあげられるから。







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