キンモクセイ



 秋の風が心地よい昼下がり。久々の休日に目を覚ましたのはついさっきの事だ。襖の向こう側から甲高い声と愉快な音楽が微かに聞こえてくる。きっと譲がテレビアニメか何かを見ているのだろう。俺は寝癖がついたぐしゃぐしゃ頭のままベッドが起き上がる。寝過ぎた所為か頭がぼんやりとしている。ふらつく体で隣のリビングへ行くとパジャマ姿の譲が口を開けながらよく分からないテレビアニメを見ていた。
「お早う」
 そう声をかけると猫背気味の小さい肩が一瞬だけ飛び上がりこちらに顔を向けた。
「しのぶくん。おはよ。今日は?会社はお休み?」
 ソファに腰掛けるとテレビの前に座っていた譲が隣にやってきた。暖かい子供体温がぴったりとくっついてくる。
「うん。休みだよ。譲、朝飯は?食った?」
「禄ちゃんが作ってくれたよ。」
「そっか。俺もなんか食おうかな。」
 そう言いながら譲の頭を撫でてやると譲は気持ち良さそうに目を細めた。そしてそのままこちらに体を預け、テレビ画面に集中し始める。どうやら譲は集中すると口が開いてしまうらしい。ぽかんと開いた口を下から押して閉じさせる。何か食おうと言ってはみたがそこまで腹も減っていないので俺も譲と同じ様にテレビ画面に目を向けることにした。
 麦わら帽子を被った海賊らしき少年が敵と戦っているアニメだった。最初は麦わら帽子が優勢だったが敵のロボットによって絶体絶命のピンチを迎える。そこでアニメは終了した。楽しそうなEDテーマがテレビから流れてくる。譲もアニメが終わるのと同時にふう、と大きく息を吐いた。
「譲はこういうのが好きなのか?」
 ふと気になって聞いてみると譲は一瞬きょとんとした顔をしたあと直ぐにぶんぶんと顔を左右に振り始めた。
「す、好きじゃない!こんな子どもっぽいの好きじゃないよ!たまたまやってたから見てただけ!」
「そうか」
「そうだよ!」
「ふうん」
 そこまで否定しなくてもいいのになあと思う。子供っぽく見られるのが嫌なのだろう。そういうところはまだまだ小学6年生っぽくて可愛らしい。
 すると突然譲がピタリと止まった。
「…んん?」
「どうした?」
 譲の不自然な行動に顔を覗き込むとなにやら鼻をひくひくひくつかせている。何か可笑しな匂いでもするのだろうか。
「なんか、あまーいにおいがする。」
 そう呟いた譲はひくひくしながら匂いを辿っているのかベランダに通じる大きな窓の傍へと行き、突然何かを見つけたかのような顔で叫んだ。
「外からだ!しのぶくん、外からあまいにおいがするよ!」
「あまいにおい?なんだそれ。」
 譲に引っ張られるがまま自分も窓に近づく。ああ、成る程な。
「金木犀の匂いだよ、これ。」
 どこからか運ばれてきたのだろう。窓の外からは甘ったるい金木犀の香りが漂っていた。
「キンモクセイ?」
「うん。花だよ。金木犀っていう。」
 譲はこの金木犀の匂いが気に入ったのかさっきからずっと鼻を窓の外に向けて匂いを嗅いでいる。それにつられるように俺も窓に鼻を向けた。金木犀特有の爽やかな甘さが鼻をついてきた。花はあまり詳しくないが金木犀だけはこの匂いが好きで子供の頃から覚えていた。今でも金木犀の匂いがすると遠回りでも金木犀のある道を選んでしまう。
「僕、好きだな。キンモクセイ。」
 譲が笑いながらそう言ってきた。
「俺も好きだ。」
 俺がそう言うと譲はさっきの笑顔をもっとくしゃっとさせながら抱きついてきてグリグリと顔を俺の腹辺りに押し付けてくる。譲の髪の毛が揺れる度にふわりと金木犀の香りが部屋にこぼれ落ちる。いい香りだ。優しい香りが何となく譲と同じ香りがする。
「やっぱりしのぶくんも好き?」
「うん。」
「だってこの匂いしのぶくんと同じ匂いだもんねえ。」
「ん?」
 どういうことだ?と聞くと譲はまた俺の腹に顔を埋め、すーはーと匂いを嗅いだ。そしてぷはっと顔をあげると納得したように口を開いた。
「しのぶくんからもキンモクセイの匂いがするよ。」
 金木犀の匂いがするよ。
 そう言われて俺はああ、と呟いた。
 そういえば子供の頃からの癖で通勤の行き帰りに金木犀の木がある道を通っていた気がする。毎日その道を歩いているからきってその匂いが自分にも移ったのであろう。俺は何となくくすりと笑ってしまった。
 開けっ放しの窓からは甘い甘い金木犀がはらはらと入り込んでくる。優しい優しい好きなにおい。
 俺は抱きついている譲の金木犀の香りがする頭を撫でながら天高く透き通った秋の青空を見上げた。
「今日は金木犀を探しに行こうか、譲。」
「さーんせー!」
 いつの間にかに部屋に金木犀が咲いていた。







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