博士とぼく



 一人で留守番をしていると突然ぴんぽーんと滅多に鳴ることのないチャイムが鳴った。
「はい、誰でしょうか」
「禄くんのお友だちです」
「禄くんとはどんな人でしょうか」
「バカです」
「ちょっと待っててくださいね」
 譲は突然の来客が安全な人だと確かめるとがちゃりと禄の部屋の扉を開けた。ゆっくりと開けた玄関の向こうにはぼさぼさの髪の毛によれよれの白衣を纏った男性が1人立っていた。譲は男性をじっくりと見上げ、「博士ですか?」と思わず呟いてしまった。男性の方も随分下の方にいる部屋の主に驚いているようで眠そうな目を真ん丸くしながら譲を見下ろしている。
「えーと、君は禄くんの隠し子か何か?」
「隠し子ってなんですか」
「隠している子供のこと」
「僕はしのぶくんの隠し子です」
「成る程」
 男性は納得したように頷くと譲に向かってにっこりと笑った。
「私は博士です」
 譲も博士の笑顔に答えるようににっこりと笑い返す。少ししか開いていなかった扉が人1人通れるくらいの大きさになった。譲の「何もないですがごゆっくり」の言葉を合図に博士は譲しかいない禄の部屋へと足を踏み入れた。
 譲は短い廊下を進みリビングへと博士を招き入れる。部屋の中には譲のおもちゃやら本やらが散らばっていた。それらを適当に片付け、テーブルへ座るように博士を促す。博士は散らばっているものを踏まないように避けながらテーブルまで来るとコトンっと目の前に黄色いマグカップが置かれた。
「ブドウジュースは飲めますか」
「もちのろん」
 譲は黄色いマグカップにブドウジュースを慎重に注いでいく。入れ終わると自分専用の赤いマグカップにブドウジュースをまた慎重に注いだ。博士はしばらくそれをじっと見つめていた。譲のマグカップにもなみなみとブドウジュースが注がれたのを確認すると「かんぱーい」と黄色いマグカップを持ち上げた。
「かんぱい?」
「かんぱーい」
「かんぱーい」
 かつん、と赤と黄色のマグカップが鳴った。なみなみと注がれたブドウジュースが机とこぼれおちる。譲はそれを見て「あーあ」と呟いた。博士の周りも紫が散らばっている。博士も「あーあ」と呟いた。
「いっぱい注ぎすぎちゃったかな」
「そうみたいだね」
「拭かなくちゃ」
 机に溢れたブドウジュースを拭くために台布巾を取りに譲が席を外した瞬間、がたんと机が鳴った。同時に博士の「あ」という声も聞こえた気がした。
「あっ」
「やっちゃいましたね」
 振り向けと後ろには紫色が一面に広がった机と白を紫色に染めた博士がいた。その近くでは赤いマグカップが横に倒れてころころと転がっている。譲が席から降りたときに体が机に当たりその衝動でマグカップが倒れてしまったようだ。
 譲は急いで台布巾を取ってきて紫色に染まった白衣を拭くが染み付いてしまったそれは擦っただけでは取れない。譲は「ごめんねえ」と泣きそうな声で博士に謝った。博士は眠たそうな目をもっと眠たそうに細めるとゆっくり譲の頭を撫でた。
「大丈夫。白衣が汚れるだなんて日常茶飯事ですし。君が気にすることは何もないよ。」
「そお?」
「うん。だから、先ずは机を拭こうか。」
「うん」
 博士の言葉に譲は笑顔を見せた。そして、紫色の机を拭こうとした瞬間。後ろから悲鳴が聞こえた。
「ちょ、なにこの大惨事!」
「ただいま、譲。」
 後ろを振り返るとそこには大量に食材を持っている禄と同じく荷物持ちをさせられている吉田の姿があった。
 譲は吉田の姿を確認するとぐっしょり濡れた台布巾を放り投げて吉田に抱きついた。
「しのぶくんおかえり!」
「良い子にしてたか?」
「うん!」
 吉田はしがみついている譲の頭を優しく撫でてやる。それを見ていた禄は「いいこぉ?!どこが!」とびしょびしょの机を拭きながら毒を吐いた。
「譲くんはいいこだったよ。」
 博士は目の前でせっせと机を拭く録に声をかけた。
「…うわっなんで博士がうちにいるんですか。」
「いちゃだめですか。」
「つか、その白衣どうしたんですか。めっちゃ紫。」
「まあ、色々」
 禄は突然の来客に多少驚きながらも汚れた白衣を早く脱ぐように急かし、洗濯機へと紫色の白衣を投げ込んだ。そして諦めたように頭をかきながら口を開いた。
「あー、乾くまで昼飯食べてきます?」
「いいの!」
「お詫びです。」
「食べるー!」
「僕も食べるー!」
「俺も」
「手伝えよな。特に譲。」
 次々に伸びる手たち。大量の食材が混在しているスーパーの袋からはたくさんの卵のパックと真新しいケチャップが顔を覗かせていた。もうすぐキッチンからは良い香りがしてくるだろう。
 天気は良いし、皆で食べるお昼ご飯はさぞ美味しいだろう。譲は禄のあとに続くようにキッチンへと向かった。


8月31日(○曜日)
 皆で食べた禄ちゃんお手製のオムライスは絶品でした。禄ちゃんのオムライスには博士がケチャップでかわいい猫を書いたら禄ちゃんが「かわいすぎて食べれない!」と言ってました。博士のオムライスには「微生物万歳」って書いてありました。僕はしのぶくんのオムライスに「だいすき」って書いたらしのぶくんは「ありがとう」って書いてくれました。
 また、皆でオムライスを食べたいです。




「譲、博士に余計なこと言われてない?」
「僕、しのぶくんの隠し子だって。」
「えっ」
「何も言ってないならいいや。」
「えっ」







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