▽オリオン座

 真っ暗な部屋。
 そこには大きなダブルベッドとベッドに寝そべる僕らと取って付けたような天窓しか置いていない。とても静かな空間だった。僕らはそこで互いの手を握り合いながら黙って天窓を見つめていた。月明かりだけがさわさわと流れるその部屋で僕らはただ天窓を見つめ続ける。無数に輝く星々を数えることも、また願うこともせず黙って見つめる。それだけで充分だった。天窓を色付ける群青も何も言っては来なかった。ただ、そこにいた。いつまでもそこを流れていた。
 眠りたくなったら眠ればいい。隣で浅い呼吸をする君が言った言葉だ。君はここに来る度にそう言うのだった。僕はその言葉が分かったような分からないような曖昧な頷きを返す。すると、君は静かに目蓋を閉じるのだ。眠りたくなったら眠ればいい。僕がそう言うと君はそうするよ。と言った。君は言葉の意味が分かっているようだった。
 眠っている君は死んでいるように静かに眠る。何となく君の言っている意味が分かったような気がしなくもない。僕は眠っている君の横で囁くように声を溢した。
「もし、君が死んでしまったら僕はきっと悲しむだろうね。」
 僕の声が響く部屋からは君の浅い呼吸も聞こえなくなった。けれどそれでも構わず僕は言葉を続ける。
「でも、きっと直ぐに僕のもとには楽しいことや愉快なことがやってくるよ。そしたら、僕は笑うんだ。君が居なくなったことを忘れて笑ってしまうんだよ。悲しいことも悲しんでいたことも忘れてしまうんだ。けれど、僕はそんな愚かなことをしても僕を嫌いになったりはしないよ。なんでかな。そんな僕にはなりたくないのに、何となくそんな気がするんだ。」
 僕の独白に君は眠っていた筈の目元をゆっくりと開け、そしてくすりと笑った。
「それで、いいよ」
 それで、いいんだよ、と君は続けた。
「でも、その代わりにたまに思い出して、僕のことを。冬のある日にオリオン座を見上げるように。」
 君は今まで天窓しか見ていなかった瞳を初めて僕に向けた。彼の目には無数の星たちが写っていた。
「そして、僕がここにはもう居なくなってしまったことを思い出してくれ。そうしたら、君はきっと身が裂けるほど悲しみに暮れるんだ。」
 君は悲しそうな表情で静かに話した。
「僕のことをふと思い出して泣いてくれ。僕が居なくなったこの世界を恨んでくれ。」
 彼は泣いていた。僕は静かに彼を抱きしめた。
「分かった。分かったよう。君を探すから。見つけ出すから。きっと、きっと。」
 眠りたくなったら眠ればいい。僕が君を見付けるから。遠い記憶の中の片隅で静かに眠る君を探し出すから。

 群青色の天窓からは冬の澄んだ空とオリオン座が記憶の断片のように輝いていた。









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