智之くんと話すようになってから何ヶ月か経ち、ようやく商店街にも冬が明け、春がやってきた。春といえば花がたくさん咲き始める季節だ。僕の好きな季節。今日も僕は変わらず花の世話をしている。色とりどりの花を店に並べていた。チューリップがきれいに咲いている。 からんころん、と古くなってきた店の扉の鈴がなった。 「いらっしゃいませ・・・ってあれ?」 僕はチューリップを並べる手を休め、意外な人物の登場に目をぱちくりとさせた。 「こんにちは、花屋さん」 今日は日曜日のはずなのに。 店にやってきたのはもう赤いマフラーを取ってしまった智之くんだった。 「どうしたの。日曜日に来るなんて珍しいね。」 「花を見に来たんだよ。」 彼はそう言って僕の苦手な笑顔を向けた。春になったせいだろうかぽかぽかした気温とふんわり漂う花の香りでいつもに増して胸がどきどきしている気がする。作り笑いもできない。赤いチューリップを握り締めたまま彼を見つめた。 智之くんはそんな僕を横目に店の中を一周しはじめる。 バラの並んだショーケースを通り過ぎ、アネモネの前を通り過ぎる。そして、色とりどりのチューリップが並んでいる僕のところへと来た。 「それ、」 そして、僕の方へ指を向ける。いや、きっと僕を指しているんじゃなくてきっと僕が握っているチューリップを指しているのだろう。僕は黙って手の中にある赤いチューリップを智之くんの方へ差し出した。 「その花なんだけど」 「チューリップ?」 「チューリップ。そう、それ。」 赤い赤いチューリップ。 それを受け取った智之くんは僕の心臓がどきんと跳ね上がるくらいの格好いい笑顔で頷いた。 「それください。」 黙って僕らはレジへと向かう。しゅるしゅると花束を作る音だけが店に響く。いつにもまして静かだった。赤いチューリップ一輪が丁寧に包まれていく。 「はい、出来たよ。」 完成したチューリップの花束を智之くんに渡す。 智之くんは花束を受け取りながら、ふうと息を大きく吐いた。 「花屋さん、これ、受け取ってくれるかな。」 そして、僕に出来上がったばかりの花束を差し出してきた。 「え?」 自分が作った花束を作った相手に貰うという意味の分からない状況に僕は智之くんと目の前に差し出された花束を交互に見渡す。赤いチューリップは相変わらずきれいだ。 中々、花束を受け取らない僕に智之くんは痺れを切らしたのかチューリップの花束を押し付けるように僕に渡してきた。 そして、いつもは優しそうな目をこのときばかりはきりっと引き締めて僕を見ている。何故だか僕の鼓動も早くなっていく。どきんどきんとうるさい。 「赤いチューリップの花言葉、なんだけど。」 「え、赤い、チューリップ、の?」 「うん」 赤いチューリップの花言葉。 全身の血が顔に集まってきた。いやもう顔どころじゃない。全身が熱い。まるで変な病に侵されたみたいにふらふらする。 「愛の告白」 「・・・ちょっとベタ過ぎるかな。」 智之くんが照れくさそうに頭を掻きながら笑った。ほっぺたが真っ赤に染まっている。やっぱり智之くんは赤が似合うなあと思う。 「・・・ちょう、キザ。」 「やっぱり?」 「智之くんってどっか抜けてるよね。」 「えーがんばったのに。」 ぶうたれる智之くん。 今時花言葉で告白する人なんかいないのに、恥ずかしい奴。 でも、なんとなく嫌な気持ちにならないのは智之くんだからかな。 ふふっと気持ちの悪い笑い声が漏れてしまう。でもまあ仕方ないよね。僕はぽつんぽつんと咲いている桃の花を智之くんに渡した。 「桃の花の花言葉なーんだ。これが僕の返事。」 「えー?俺、チューリップしか覚えてないよー!」 「じゃあ、調べてよ」 「教えてよ、けち」 「キザにけちとか言われたくないんだけど」 「なんじゃそりゃ」 智之くんはそういうと笑った。 僕の大好きな、大好きな優しい笑顔。 その笑顔に僕ももう作り笑いじゃない笑顔をした。 「智之くん、僕からもちゅー、りっぷ」 「・・・花屋さんも大概だよ。ちゅー、りっぷって。」 智之くんは呆れたような顔をしたけど、僕らはそっと影を重ねる。 優しい春の香りと甘い君に僕はもうとりこになっています。 END |