▽花屋の店先で 2話

 それからも彼は店に足を運んできてくれた。未だにやっぱり赤い色の花を買うのだが心なしかアガパンサスの花を買う頻度も多くなってきたように思う。そして僕も彼と話す頻度が増えてきた。年が近いのもあって話が合う。会話するようになってから知ったのだが、彼の名前は花田智之といい近くの大学院に通っている学生らしい。花を一輪だけ買うのは趣味だと言っていた。いろんな花を部屋に飾るのが楽しいというようなことを言っていた。こんな世間話でもご老人ばかりの商店街の中で若い智之くんとの会話は楽しかった。

 からんと鈴がなる。月曜日の午後三時頃。僕は扉の方に顔を向け「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」と声をかけた。すると、向こう側も「こんにちは」と返してくれる。もちろん、店に来たのは赤いマフラーの彼だった。僕は智之くんの顔を確認するとにっこり笑う。彼も同じように笑いかけてくれるがやっぱり僕は彼の笑顔が苦手らしい。会話をするようになった今でも智之くんの笑顔を見ると胸がどきどきしてしまう。その理由は分からない。隣の文房具屋さんのチヨばあにそのことを話したら「それは恋じゃあ!らぶじゃらぶじゃ!」と言われたが男同士の僕らに限ってありえないし、原因は今も不明だ。とりあえず智之くんの笑顔が少しばかり苦手なだけでそれ以外は何の支障もないため今は彼に笑顔を向けられたときは胸がどきどきしているのをばれないように作り笑いで返すようにしている。そうすれば彼も何も気づかないでいつもと同じように花を選び始める。そして僕はレジへ向かうのだ。
 店を一周と少しした彼がレジへとやってきた。今日はコスモスのようだ。ピンク色がかわいらしく咲いている。いつもと変わらず他愛の無い会話をしながら一輪だけの花束を作っていると智之くんが何かを思い出したように「そういえば」と言った。
「花って一つ一つに意味があるんだね。」
「えっ知らなかったの。」
「うん。この前初めて知った。」
 恥ずかしそうに笑う智之くんにつられて僕もあははと笑う。確かに男の人だと花言葉なんてあんまり聞かないから知らないのかもしれない。僕は花屋の息子だからある程度の花言葉は知っているけれど。それにしても物知りそうな智之くんが花言葉を知らなかったのはびっくりだ。みんなが知っていそうなものを知らない智之くんがなんとなく新鮮に見えた。
「ちなみね、コスモスの花言葉は乙女の心だよ。」
「乙女の心?へぇ、すごいね、花屋さんは花言葉も知ってるんだ。」
 いつもは智之くんの方がいろんなことを教えてくれるのだが今日はそれが逆転したみたいだ。得意げにコスモスの花言葉を教えてあげると智之くんは感心した顔で僕を見た。なんだか少し鼻高い気分だ。しかし、智之くんはそんな僕とは反対に少し恥ずかしげに目を伏せた。
「でも、少し恥ずかしいね。乙女の心って。」
「えー?なんで?いいじゃん乙女。智之くんは乙女でしょ。」
 すぐに感心した顔を変えられた僕は少し意地悪を言ってみた。すると、智之くんは恥ずかしそうだった顔をもっと恥ずかしそうに真っ赤に染めて「そんなことないよ!」と言った。耳まで真っ赤な智之くんに少し驚いたけど赤いマフラーを巻いている所為で顔や耳だけでなく首まで真っ赤な智之くんを見て僕はくすりと笑った。
「そ、れじゃあ、あの花の花言葉は?えぇーと、アー、ガパンス?」
「アガパンサス?」
「そう、それ」
 青紫色のアガパンサスの花を思い出す。確か、あの花の花言葉は。
 僕は出来上がったコスモスの花束を智之くんに渡す。ピンク色のコスモスの花言葉は「乙女の心」。派手すぎずそっと添えられるように花びらに広がるピンク色のその花にはぴったりの花言葉だ。そしてこんな色をしている乙女はきっと恋をしているのだろう。淡い淡いピンク色の恋心を抱いている。
「恋の訪れ」
 僕の言葉を聞いた智之くんがまた真っ赤に染まった。






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -