▽花屋の店先で 1話

 近くに大型スーパーが出来た所為で廃れ気味の小さな商店街。その商店街の一角で何とか生計を立てている小さな花屋がある。花屋「花山田」。近所の小学生からは変な名前だとよくからかわれている。僕もそう思う。変な名前だ。しかもそれが苗字をきたらもっと変だ。花山田稔。これが僕の名前だ。花山田が僕の苗字で稔が名前。因み父は花山田勝で母は花山田美智子。そして、花屋「花山田」は正真正銘僕の実家です。大学を卒業した今はこの小さな店を継ぐつもりでここを手伝っている。客は来ないし、跡継ぎというプレッシャーもあるが昔から花に囲まれて生活しているため花の世話は慣れているし、何よりも大好きな花に関われるこの仕事は天職だと僕は思っている。店の名前以外はやりがいのある仕事だ。そして、今日も僕はこの小さな店の看板を「OPEN」にする。
 カランコロン、と滅多にならない扉の鈴が鳴った。僕がちょうどアガパンサスの水を変えていた時だった。前かがみの体勢のまま、水を変える手だけを休め扉の方へ顔向けた。
「いらっしゃいませ。」
 開いた扉から赤いマフラーの良く似合う青年が一人、ぺこりと小さく会釈をして店の中へ入ってきた。僕も同じように彼を真似て会釈を返す。
「こんにちは。」
 入ってきた青年は最近よくこの店で花を買っていってくれるお客さんだ。何の用事があるのかは分からないが、毎週月曜日の大体3時頃店に来て花を一輪だけ買って帰っていく。きっとお見舞いか何かの花だとは思うが毎回毎回マメな人だなあと思う。彼はいつも店の中を一周してじっくりと花を見る。そして何か気に入った花があったら周ったあとにその場所へ戻り花を選ぶのだ。その時その時によって選ぶ花は違うのだがどうやら赤い色の花が好きなようでいつも赤い花を選んでいる。そういえばマフラーも赤だ。赤い花がというよりも赤が好きなのだろう。そんな彼は今日も店の入り口から時計回りに花を見てゆく。僕も彼に合わせるように花の世話を切り上げ、レジへ向かおうと水の入ったバケツを持ち上げた。こつん、と今まで店の中を歩き回っていた彼の革靴の音が僕の近くで止まる。
「すいません」
 彼が店に来るようになってから初めて彼に話しかけられた。
 僕は突然の声に驚いたせいでそういう顔になっていたのだろうか、持ち上げた僕の顔を見た彼は申し訳なさそうに「すいません」と呟いた。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。なんでしょうか?」
 慌てて彼に笑いかける。すると、彼も照れくさそうに笑った。今まであまり青年に興味関心を抱かなかったため気づかなかったのだが、青年は意外と整った顔をしている。いや意外となんていうものではない。彼、相当イケメンだ。男の僕までも彼に笑いかけられてドギマギしてしまうくらいだ。女の子だったらイチコロだろう。そんな彼の端正な顔に浮かべられている笑顔についつい見とれていると「それ、」と僕の方に指を向けられた。
「え?」
 笑顔のまま自分の方を指差され、戸惑ったなんとも情けない声が出てしまった。いや、人間誰でもただでさえ他人に指を指されたら驚くのによりにもよってこんなイケメンに指を指されたらそれ以上に驚くだろう。しかし、青年が指したものは僕ではなかったらしい。青年は不思議そうに「その花なんですが」と言った。その言葉に僕は「ああ」と返す。確かにイケてるメンズが僕なんかのことを指すはずがない。指を指すと言ったら近所の小学生達に「変な名前の花屋さん」と後ろ指を指されるくらいだ。僕はもう一度笑いながら彼にアガパンサスの花を向けた。
「アガパンサスですね。」
「アガパンサス。はい、それです。」
 彼は向けられたアガパンサスを見て納得したように頷き、そして満足したかのように
「それください。」
とアガパンサスを指指したまま言った。
「・・・アガパンサスをですか?」
 僕は彼が選んだ花を持ちながら聞きなおした。僕が聞き間違えたと思ったからだ。なぜならアガパンサスの花の色は彼の好きな赤色とは正反対の青紫色だからだ。赤い花なら他にもたくさんある。いつもなら選ばない花なのに一体なぜだろう。わざわざなんで今日は青紫のアガパンサスを選んだのだろう。しかし、そんな僕の疑問に気づかない彼は何食わない顔で肯定を示した。
「はい。」
「なんでですか。」
 ぽろりと言葉が口をついてしまった。何も考えずに出てしまった言葉にハッと口を押さえるが青年にばっちりと聞かれてしまった。彼は罰が悪そうな顔をした。しまった。いらないことを聞いてしまった。誰がどの花を買おうと構わないじゃないか。人には人の事情があるものだ。もしかしたら今日は青紫の花を買わなくちゃいけないのかもしれない。はたまた青紫色の気分だったのかもしれない。理由はともあれ彼は今日は青紫の花が買いたいのだ。僕は急いで青年に向かって頭を下げた。
「すいませんっ。なんでもありません。えーと、アガパンサスですよね?いくつですか?」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
 早口で捲くし立てる僕を制すように青年が口を開いた。僕はアガパンサスの花を何本か取り出す手を止める。彼は眉を寄せながら僕のほうを向いていた。
「え・・・」
「どうして、そんなこと、聞くんですか。」
 彼はさっきと同じ言葉を言った。
 ちらりと彼の赤いマフラーが僕の視界に入る。
 僕は堪忍したようにアガパンサスを一輪彼に手渡した。
「あなたはいつも赤い花を買っていくからです。それなのに今日は青紫色のアガパンサスだから。ちょっと不思議に思っただけですよ。」
 あはは、と笑うと彼は何故か安堵した表情でほっと溜め息をついた。彼の手にはアガパンサスの花が一本握られている。赤いマフラーに良く合っていた。
「なんだ。」
「ごめんなさい。変なこと聞いて。」
「いえ。あの、アガパンサスください。一輪。」
「分かりました。」
 アガパンサスを持って彼と一緒にレジに行く。1本だけのアガパンサスを丁寧に包装し一輪の花束を彼に渡した。彼はそれを受け取るとにっこりとあのきれいな笑顔をみせてくれた。
「花屋さんがこの花を持っていたから。なんだかきれいに見えて選んだんです。」
 赤いマフラーがくすりと揺れた。相変わらず彼の笑顔には同性ながらどきどきとしてしまう。やさしそうな垂れ目がふんわり無くなって目元にしわが寄っている。うっすらとした唇はきゅうと上に持ち上げられている。やさしい笑顔だ。やさしい笑顔だがその表情をみると鼓動が早くなる。僕は聞き返す余裕もなく彼を見つめた。彼はそう言うと店に入ってきた時と同じようにまた会釈をし、青紫色のアガパンサスを一輪持って鈴をからんと鳴らした。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -