始まりはこの一着の服からだった。 なんて言えば、聞こえはいいが現実そんなに上手く出来ていない。アタシは目の前で土下座している男を見下ろす。どうしてこんなことになってしまったんだろう。こんなことになるって最初から分かっていればこんな服、着なかったのに。思うことは後悔ばかり。アタシの中には怒りや呆れなんてものは無く、ただ、ただ泣きたい思いで一杯だった。 「アタシ、バカだよねえ」 「チーさんはバカじゃないです。俺がバカなんです」 男は土下座をしたままそう言う。アタシはそれに間髪入れず「うん、知ってる。」と答えた。その言葉にまた男はおでこを地面に擦り付ける。そこまで行くともうなんだか痛々しい。しかもここ砂利道だし二つの意味で痛々しい。血ぃでてるんじゃないの? 「あー、顔上げてくれない?」 見ているこっちまで体のあちこちが痛くなってきた。アタシの言葉に男は一瞬肩をびくつかせたがその内おずおじとその大きな背中を起こしあげた。案の定、男のおでこからは血がでている。痛そうだった。アタシはついその傷を見て顔をしかめてしまいそうになるのを堪えながら男の名を呼ぶ。 「ノッポくん」 「はい。チーちゃん」 ノッポくん。勿論本名ではない。本名は昇と書いてのぼる。ノッポくんというのは2m近くある身長と昇という名前を文字ってアタシがつけた。ちなみにチーちゃんというのはアタシ。ちひろっていう名前と145cmのチビだからチーちゃん。これはノッポくんがつけてくれた。「じゃあ、ちひろさんだからチーちゃんですね。」とふにゃと気の抜けた笑顔でそういうノッポくんを思い出してあの頃は平和だったなあと振り替える。 ノッポくんの頭から足れる血を見てアタシはもう一度、こんなことになるなら着なければ良かったと考えた。 事の発端は文化祭だった。アタシの入っているマジックサークルも出し物をすることになっており、アタシはマジックショーの司会進行役に抜擢された。そこまでは良かったのだが問題はそのあとの司会の衣装だ。同じサークルの服飾係りのユミちゃんが男物の服を作ってきたのだ。しかもアタシ用の。なんでもアタシは女の子のような服装よりも男の子のような服装が絶対似合うらしい。最初は反対したものの周囲のごり押しに負けてアタシはとうとう着てしまったのだ。 それに一体どうしてノッポくんが関係するのかというと。簡単に言ってしまえば文化祭でアタシにノッポくんが一目惚れしてしまったのだ。 「ノッポくんはずっとアタシに嘘ついてたんだね」 アタシは正座しているノッポくんと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。 ノッポくんと仲良くなったきっかけは一目惚れしたノッポくんが話しかけてくれたからだ。好きなバンドが同じだったこともあって意気投合したアタシたちはすぐに仲良くなった。話も合うし気を遣わなくていいしアタシもノッポくんと一緒にいるのは楽しかった。 でもノッポくんにはある秘密があったんだ。 「言ったらチーちゃんはもう一緒にいてくれないと思ったから…。ごめんなさい。」 最初に会ったとき、ノッポくんは言ったのだ。アタシのことが好きだって。 「アタシ、嬉しかったのに。ノッポくんが好きって言ってくれてさあ」 そして、今日、アタシは正式にお付き合いを申し込まれた。 「でも、本気で好きなんです!」 ノッポくんは辛そうに眉間にしわを寄せながらそう言った。その切なノッポくんの瞳を見ているとアタシの胸の奥もきゅうと音をたてて締め付けられる。だけど、違うのだ。ノッポくんが好きなのはアタシじゃない。 ノッポくんがそんな目をしながら好きなのはアタシじゃなくて 「男装姿のアタシ、がでしょ」 ノッポくんの秘密。それはバイだということだ。 つまり、ノッポくんが一目惚れしたのは女の子のアタシじゃなくて男の子アタシ。ノッポくんが本当に好きなのは男の子のアタシなのだ。告白の言葉は「男の子のチーちゃんが好きです。男装姿で僕と付き合ってください。」 ノッポくんは悲しそうに目を伏せた。正直そんな顔をしないで欲しい。なんだかアタシが悪いみたいだ。娘の結婚を許さない父親みたい。 「チーちゃんも大好きです。でも男装姿のチーちゃんは死ぬほど好きです。」 「あんたほんとに素直だよね。アタシまた傷付いたんだけど。」 「ごめんなさい」 ノッポくんはまた謝った。 「アタシもノッポくんが好きだよ」 アタシだってノッポくんが好きだ。 大きいくせに小心者のノッポくんが好き。 大きいくせに優しいノッポくんが好き。 大きいくせに歩くのがゆっくりなノッポくんが好き。 大きい大きいノッポくんが大好き。 だから、こんなに悲しいのだ。「アタシ」を好きになってくれないノッポくんが大嫌いなのだ。 「女の子のアタシじゃダメ?」 ノッポくんの足れた目が私をじっと見つめる。 「男装チーちゃんがいいです。」 ノッポくんはどこまでも素直だ。そんな素直さもたまに物凄く腹が立つ。 「う、わあっ!ち、チーちゃん?」 アタシはノッポくんの手を勢いよく引っ張りあげた。引っ張られたノッポくんはその高い身長からアタシを見下ろしている。見下ろされているのに見下している気分になるのはノッポくんの目からたくさんの涙が出てるからだろう。アタシの頭にぽたぽたと涙が落っこちてくる。上を見ると生暖かい滴がおでこに降ってきた。あったかい。 「アタシ、決めた。」 「チーちゃん?」 背伸びをしてノッポくんの涙を掬ってあげる。 「アタシがノッポくんを幸せにしてあげる。」 「えっ」 ノッポくんが驚いた声をあげた。アタシはニカッと笑う。 「女としてノッポくんを幸せにする」 「…チーちゃん…」 いつかノッポくんが女の子のアタシを好きになってくれるように次はアタシが頑張る番だ。 「ううーチーちゃん大好きい」 待っててね、ノッポくん。 |