▽先生、恋愛妨害です。

 退屈だった日本史の授業が終わり教室にざわめきが戻りつつある中、俺はある人物をぼうっと見つめていた。その人物とは同じクラスメイトの田中。性別は男。そして、俺の好きな人。
 一人ゆっくりと日本史の教科書やらを片付けている田中を見て俺は溜め息を吐く。


「今日もかわいいなあ」


 田中は美形だ。しかも男前とかではなく女顔よりの。多分女装なんてさせたらそこら辺の女子の中でもずば抜けてかわいいだろう。そんな田中は顔だけでなく仕草もかわいい。俺たち野郎とは違い、一つ一つの仕草が丁寧で淑やかである。それは容姿も合わせて時々本当に女子ではないのかと錯覚してしまうほどだ。(一回クラスの奴らが田中の胸を確かめようとしていたがギリギリのところで俺が止めたこともある。)
 そしてそんな「かわいい」田中を見つめるのが最近の俺の日課となっている。この日課のお陰で学校に行くのが楽しくてしょうがない。
 今もにまにましそうな頬をなんとか保ちながら田中を見ていると眠りを誘うような声が田中の名前を呼んだ。


「田中くん。ちょっといいかな。」


 その声に田中は小さな肩をぴくんと揺らした。そしてかわいらしい声で「はい」と答え、席から立ち上がる。勿論、俺の目は田中が席を外してからもしっかり追い続ける。仕方ない、これが男子の宿命だ。
 田中が向かった方向を見て、俺は「あれ」と呟いた。
 田中が向かった先、教室の扉には顔だけを出した日本史の教科担当の大江真澄先生がいた。大江先生はそのなよっとした見た目から俺たちからは真澄ちゃんと呼ばれている。真澄ちゃんも男性だが女みたいな顔をしている。ただ、田中みたいなかわいい系ではなく歌舞伎の女形みたいな美人系だ。真澄ちゃんは悪い人ではないし嫌われてはいないのだが如何せん授業がつまらない。授業が始まって20分もするとクラスの半分は真澄ちゃんの子守唄ボイスにやられてしまう。俺も被害者の一人だ。
 そんな真澄ちゃんが田中になんの用事だろうか。今日は田中は日直ではないから授業の手伝いとかではないだろう。俺の中の好奇心がむくむくと沸き上がる。俺はそれとなく二人に近づき、二人の会話に耳を傾けた。


「補習なんだけど、5時からでも平気?」
「あっ、全然、大丈夫、ですっ」
「そっか。良かった。」
「いっいえ。」
「うん。じゃあ、5時ね。」


 会話を盗み聞きする限り、田中は真澄ちゃんに補習をしてもらうようだった。それなら話が早い。俺は偶然を装うかのように二人の会話に割り込んだ。


「何々、補習してもらうの?」
「えっあっ御幸くん」
「そうだよ。御幸くんもするかい?」


 俺が話しかけると田中はなんだか困ったような顔をしている。だが真澄ちゃんはそんな田中の様子が目に入っていないようでニコニコ笑いながら俺を誘ってきた。俺はその誘いにしめたと思い、こくこくと頷いた。


「俺もやりたい!」
「うん。俺は構わないよ。田中くんは?」
「え…。あ、僕も、大丈夫です…。」
「じゃあ二人とも5時からね。」


 真澄ちゃんはそう言うと美人顔をにこりと綻ばせ教室を出ていった。俺もその姿に手を振る。田中は呆然とした顔で小さくなる真澄ちゃんの背中を見つめていた。
 まさかこんなに運良く田中と近づけるだなんて思っても見なかった。何はともあれこれは素晴らしい進歩だ。


「補習、頑張ろうな。」


 そう声をかけると田中からぐす、と鼻をすする音が聞こえた。田中は下を俯いたまま顔を上げない。しばらく「田中?」と名前を呼んでみるが返答がない。不安になって田中の顔を覗き込んで俺はぎょっとした。


「た、田中?」


 田中の大きな瞳からはぽたぽたと大粒の涙がこぼれていた。
 突然田中が泣き初めて何がなんだか分からない俺はとりあえずぐすぐす泣く田中を教室の外から引っ張り出した。田中は泣いている所為か俺に引っ張られるがままに後を着いてくる。どうしようかと思い、人気の無い使われていない教室へと俺らは歩いていく。その間もぐずぐず田中は泣いている。教室へ着いた頃には田中のセーターは涙でぐっしょりと濡れていた。俺は田中を落ち着かせようと椅子に座るように促してみるが田中は首を左右に振って俺と向かい合わせに立っていた。


「…どうした?」


 俺がそう聞いても田中はすんすんと鼻を鳴らすばかり。埒があかないなあと田中が泣き止むまで待とうと思い、そこら辺にある椅子に腰掛ける。その時の椅子を引く音にびっくりしたのか田中はぴくんっと肩を跳ねさせた。
 そして、


「…御幸くんは大江先生が好きなの?」


 と、鼻声混じりの声で聞いてきた。大江先生という聞き慣れない名前に一瞬首を捻らすが、ああ、と呟く。真澄ちゃんか。納得しかけたところで俺はまさかと目を見開いた。俺が真澄ちゃんを?有り得ない。俺は「そんなはずない」と首を振った。すると田中は涙で腫れた目で「じゃあ、どうして?」と聞いてきた。何がだろうと思い田中を見つめる。そして、なんとなく理由が分かった。


「もしかして田中って真澄ちゃんのこと好きなの?」


 俺のその言葉に田中は大きな目を更に大きくしたかと思うとまた涙をぽろぽろ流しはじめた。どうやら図星だったらしい。俺はあまりのショックに言葉を失った。まさか、田中に好きな人がいたなんて。しかもそれが真澄ちゃんだったなんて。
 つまり、田中はなんとか真澄ちゃんと接触できるチャンスを作ったのだが俺に邪魔されてしまい、それを俺が真澄ちゃんを好きだと勘違いしたらしい。
 未だに田中は泣いているが、俺だって泣きたい気分だ。


「俺が好きなのは田中だよ。」


 あまりに混乱していたのかポロリと思っていたことが口から飛び出た。
 しまった、と思ったがそれは後の祭り。田中は突然の告白に泣くのを止めぽかんとした表情で俺を見つめている。俺も一瞬田中を見つめるがすぐに「いや、あ、その」と言葉にならない声たちを出す。違うんだけど、間違っていなくて。
 田中は神妙そうな顔をして「それ本当?」と聞いてきた。俺は半ばヤケクソ気味で「そうだよ。」と答える。こうなったら当たって砕けろだ。もうどうにでもなれ。
 しかし返ってきたのは意外な返答だった。


「良かったあ。御幸くんが大江先生好きじゃなくて。」
「え?」
「えへへ。だって、御幸くんがライバルだったら僕、勝ち目ないもん。」


 田中はそう言うとかわいい顔を更にかわいくして笑った。何を言っているんだ、田中は。そもそも俺の方が勝ち目ないよ。俺が唖然とした顔で田中を見ていると田中は何かに気付いたように「あっ、でも御幸くんは僕が好きなんだよね。」と言い、ぽぽっと顔を赤く染めた。


「なんだか恥ずかしいなあ」
「嫌じゃないの?」


 田中の反応にそう聞くと田中はきょとんとした顔をした。


「なんで?嫌じゃないよ。」
「だって田中は真澄ちゃんが好きなんだろ?俺のこと振らないの?」
「うーん…よく分からない。」


 田中の反応に今度は俺がきょとんとした。
 よく分からないとはどういうことだろうか。それはつまり田中も俺が好きかもしれないということなのか。


「だって、御幸くんに告白されたとき僕、嬉しかったんだ」


 田中はそうはにかみながら言った。俺の中で何かがぷつん、と音をたてる。なんだ、なんだよ、それ。
 俺はがたりと椅子から立ち上がり、そしてゆっくりと田中に近づいていく。


「俺も、補習でていい?」


 期待してしまうよ?


「いいよ」


 田中はにっこりと答えてくれた。
 まだまだ諦めなくてもいいんですかね。まあ、諦めるつもりなんてこれっぽっちもないんだけど。
 俺は目の前の田中をぎゅうっと抱きしめた。









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