さわ、と下ろし立てのシーツ特有の固い感触が肌にまとわりついてくる。ふんわり鼻孔をつついているのは甘ったるい柔軟剤の香り。隆之介はいつもと違う香りに眉を潜めてごわつくシーツを手繰り寄せた。するすると皺を寄せるシーツをしばらく引っ張っているとくん、とシーツが動かなくなった。何か錘のようなものが乗っかっているらしい。動かなくなったシーツに手繰り寄せるのを諦めた隆之介は今度は周りをぱたぱたと手のひらで叩いてみる。ぱたぱた、ぱたぱたと徐々に隆之介の手のひらは洗い立てのシーツを侵略していく。何cmか侵略を進めていくと突然何か生暖かいものが隆之介の指先をつついた。隆之介はその「何か」を見つけると満足したように右腕を伸ばした。 「いた」 「なんだよう」 「何か」は隆之介の手のひらに気付いたようで、ゆっくりと俯けの身体をごろんと隆之介の方へと向ける。隆之介はこちらを向いた顔を見てにこりと微笑んだ。 折角の睡眠を邪魔された慎太郎は自分のことを見つめてくる弛い顔に表情を歪ませた。 隆之介はおはよう、と言いつつ機嫌の悪い慎太郎の頭を撫でてやる。その心地好いリズムに寝起きの慎太郎の瞼は再びとろりとしてきた。とん、とん、と頭を撫でる隆之介の大きな手のひらと捲り上げられたシーツの変わりに顔を出したひんやりしたマット。慎太郎が眠りにつくには充分だったようで隆之介が気付いた時には彼の胸の辺りではすうすうと間抜けな鼻息が聞こえてきた。 「また寝るのかよ」 「…ん。…。」 いつの間にかに無言となった腕の中には眠る慎太郎の真っ白な肌と小さな背中がある。さらさらと落ちてゆく髪の毛からは彼特有の臭いがした。昨日、同じシャンプーを使ったのできっと自分からも同じ臭いがするのだろうと隆之介はくつくつと笑う。 頭を撫でる隆之介の手のひらは慎太郎の小さな背中へと回された。男にしては細い彼の背中。あまり肉付きがよろしくないようでごつごつとした骨が目立っている。隆之介はその骨、一本一本を確かめるように這ってゆく。これが彼を支えているのだ。脆い骨たちが隆之介の指へと触れる。彼の皮膚は驚くほど冷たかった。 「しん、」 囁くように愛しい名前を口にする。ふわふわとした朝日が二人しかいない部屋に入ってきた。光に照らされた埃があちらこちらに降り注いでいる。 骨を撫でていた指は次第に慎太郎の背中に蔓延っている赤い痕へと移っていった。痛々しいそれは昨日の行為の激しさを物語っている。隆之介はその一つ一つを確かめるように触れた。 こんなに噛み跡を付けられてよく痛くないんだな、と自らがつけたそれを見ながら他人事のように考える。こんな薄い背中に無数の赤は痛いはずなのに。慎太郎のひんやりとした温度がより一層隆之介の指先へと広がった。 「…りゅー」 そんなに触れていたのか、慎太郎が眠気眼で隆之介の顔を見上げていた。 「ん?」 「くすぐったい」 「…あ、ああ、これか」 「へんたい」 赤い跡を追いかけていた隆之介の指先は気付いたら慎太郎の脇腹の方まで伸びていたらしい。慎太郎はもぞりと身体を隆之介の指から離した。その動作によりぴたりと肌と肌が密着した。 「あ」 平らな胸に同じような平らな胸が寄り添う。 「なに」 とくん、とくん、と心臓の音が隆之介の胸を叩いた。 「しんも心臓あるんだ」 「失礼な。あるよ心臓」 「意外」 「りゅうだってあるじゃん」 慎太郎はそう言うと不機嫌そうに口を尖らせながら隆之介を見上げた。隆之介は慎太郎の言葉に意表を突かれたかのように一瞬目を丸くさせたがすぐに顔を緩める。そして目の前のつん、と飛び出た唇にちゅ、とかぶりついた。 「…んあ」 どちらか分からないくぐもった声が部屋にぽつりと落っこちる。 生きているんだ。 とくとくと心臓が鳴り始めた。 |