▽喜劇なんて言わないで

 高校に入学して早1年が経とうとしている。
 ようやく学校にも馴染めてきた俺にもついに気になる人イコール好きな人が出来た。
 そんな春真っ只中の俺だが実は全く浮き足立てないでいる。普通、恋をしたら毎日が楽しくって堪らないものなんだろうが俺に限ってはそんなものは一切ない。むしろ好きになってしまったことを後悔している。口から吐き出される溜め息は切ない気持ちからではなく、なんであんな奴を好きになったんだろうという絶望からだ。
 なんでたって、俺はこんな奴を好きなってしまったんだろうか。


「あー…おっぱい揉みてー」


 俺の好きになった奴。それは、今、俺の目の前で堂々とマニアックなエロ本を読みながらゲスい言葉を漏らしているこいつだ。
 井野 水樹。それがこいつの名前。字面を見ると一瞬女の子のようにも見えるが先程のゲス台詞を聞いても分かるように正真正銘の男だ。容姿もはっきりとした目鼻立ちに白い肌、さらさらの黒髪の美少年いや美少女と間違われても致し方無いような見た目をしている。そんな「黙っていれば」誰もが振り返るような容姿なのだがさすが神様というか天は二物を与えずというか。こいつには残念すぎる欠点がある。それが先程から言っている「ゲスすぎる性格」だ。
 口を開けば下ネタ下ネタ下ネタ。お前は下ネタ以外は話せないのかというくらい下ネタ。鞄の中には常にエロ本が入っているし、学校の机やロッカーの中や移動教室なんてとこにもあったような。お前は歩くエロ本販売機かと突っ込みたくなるくらいエロ本を常備している。男子校だから許されるもののこれが共学だったら確実に友達はいないだろう。
 しかし、ここまで蔑んでも俺はこの至上最もゲスな井野が好きなわけで。それは変わらない事実。なんで好きなのかと聞かれたってそんなのこっちが聞きたいくらいだ。なんで俺はこんなゲスが好きなんだ。顔か。顔が好みなのか。俺はそんなゲスじゃない。あいつと一緒にしないでほしい。


「…なんで好きなんだろう」
「は?なにが?おっぱいが?」
「ちげぇよ、馬鹿。」


 そもそもあいつは俺の事を恋愛対象として見ていないとこもへこむ。当たり前と言ったら当たり前なんだろうけど。男同士だし。だけどやっぱりへこむものはへこむ。ゲスに負けた気がしてへこむ。
 よくあるBL漫画とかだと実は両思いでしたとかありがちだけどこいつと俺に限ってはそんな夢のようなこと有り得るはずがない。有り得るはずがないと言っておいてやっぱり実はみたいなこともない。断言する。ない。先ずおっぱいやら巨乳が大好きなあいつが男のしかもぺちゃぱいの俺を相手にしてくれるわけがない。


「お前マジ死ね」
「いきなりそんなこと言われましても。おっぱいに囲まれたら死ねますけど。むしろ死にたい。」
「…頼むから一遍死んでくれ。」


 俺は尽きない溜め息を吐いた。所詮、叶うはずのない恋なんだ。性別以前にゲスが俺を好きになるはずなんてない。ゲスはゲスらしく女の尻を追っかけることしか出来ないのだから。


「なっちゃんさあ、どうかした?」


 二度目の溜め息を吐こうとした瞬間、井野が俺の顔を覗き込んできた。不意にもドキリと胸が鳴る。


「…………何が」
「いや別に。元気ないなって思ったから。何ともないならいいけど。」
「…あ、そう」


 なんで、こんなやつ好きになってしまったんだろう。
 負けた気がするっていうか俺はこいつに勝てない。ゲスはゲスらしくしていればいいものの。いつもそうだ。俺が元気ない時や悩んでいるときいつも隣にいるのはこいつだ。何でもないような顔をしてもなぜだが井野にはバレてしまう。そして井野も何でもないような顔をして俺の中に入ってくるのだ。
 好きになってはいけないのに好きになってしまうだろう。


「…ぎょ」
「こっち見んな馬鹿」
「えっどうしたの」
「いいから、あっち行けよ」
「いやいや行けませんて。突然目の前で泣かれて放っておけないって。」


 好きなのだ。堪らなく、あいつが好きなのだ。
 叶わなくてもいい。振り向いてくれなくてもいい。興味なんてなくてもいい。それくらいあいつが好き。


「あっち、行け」
「やだ」
「なんで」
「友達だから」
「ふざけんな」
「なんでまた泣くのさ」


 言っちゃいけない。
 言えるわけがない。
 涙はぼろぼろとこぼれていく。
 ぎゅうと噛みしめている唇が痛い。情けないなあ。よくあるBL展開なんか起こるわけがないんだよ。俺は黙って泣いてるだけだし、井野はおろおろしてるし。なんか格好良い言葉くらいかけろよ。ゲス。


「はあー。ちょっとなっちゃんのこといじめすぎたかな。」
「は?」
「ほら、俺、ゲスだから。」
「…はあ?」
「まあ、何て言うのかな。最近、ゲイのエロ本買ってみたり?」


 よくあるBL展開なんかくそくらえだ。




end





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