▽恋文

 目の前に置かれた無地の便箋と2Bの鉛筆。ぼくはその鉛筆を手に持ち、便箋とにらめっこ。きみはぼくの後ろから楽しそうにぼくのことを見ていた。


「なんて書けばいいの」
「君が僕に対して思ったことをいくらでも」
「そう言われてもなあ」


 ぼくはさっきからきみにきみ宛のラブレターを書くようにせがまれている。けれど、ぼくは文を書くのが苦手だし、今までラブレターなんて書いたことがないし、そもそもラブレターというものはせがまれて書くものではないと思っている。ぼくは目の前のチカチカするような白に首を捻った。


「何にもないの」
「そういう訳じゃあないんだけど」


 きみは笑いながら後ろでそっと囁く。息が首にかかってこしょばゆい。ぼくの弱々しい肩はひゅっと竦めてしまった。
 きみのことを何も考えていない訳じゃない。きみのことは大好きだ。だけど、いざ文に興してみるとなかなか書けないのだ。きみは今にも不機嫌になりそうに貧乏ゆすりをしているけれど、ぼくの方が困ったもんだ。


「しょうがないなあ」


 ぼくはそう呟いた。
 しばらく止まっていた鉛筆の黒い鉛を真っ白な便箋に押し付ける。2Bというのは思ったより柔らかい。鉛はふにゃんと真っ白な便箋に溶けはじめた。ぼくは溶けてゆく鉛をゆっくりと白の上に走らせていく。


「あ、い 愛してる」
「はずれ」
「あ、い、う」
「え、お」
「ばかにしてる」


 便箋に綴られた5文字を見てきみはいよいよ機嫌を悪くしたようだった。さっきまで浮かべていた嫌みったらしい笑顔は消えて変わりに目を細めて唇をつうんと尖らせている。よく見るきみの拗ねた顔だ。ぼくはこの顔をドラ○もんのスネ夫に似ているからスネちゃまと呼んでいる。スネちゃまフェイス。


「久しぶりに字を書くから字が汚いかも」
「いいよ」
「ほんとに書くことがないんだ」
「僕のこと嫌いなの」


 きみは自分の言った言葉にじわりと涙を浮かべた。泣くくらいなら言わなければいいのに。ぼくは鉛筆を便箋の上に置いて変わりに空いた右手できみの生ぬるい涙を拭った。きみの小さな目はそれを確認するとまたじわりと涙を浮かべる。ぼくがそれを拭う。また浮かべる。拭う。浮かべる。拭う。浮かべる。拭う。同じ動作の繰り返し。終いにはぼくの右手はきみの涙でぐっしょり水浸しになってしまった。


「泣き止んでくれよ」
「むりだよ」


 ついにぼくは泣き止まないきみの目に手を差しのべることを止めた。
 ころりと鉛筆が止めた右手に転がってくる。ぼくは黙って鉛筆を手に取った。


「ラブレター書いたよ」
「うそつき」
「ほんと」
「じゃあ読んで」
「まいったな」


 どこかのうさぎみたいに目を真っ赤に染めたきみははい、とここのつの文字が書かれた便箋をぼくに突きだしてきた。ぼくはそれを受け取り鉛が付けたあと通りに言葉を口に出していく。


「あ い う え お 好きだよ」
「か き く け こ 許さない」
「好きだよ」









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