▽B球くん

赤に染まった空にぽっかり沈んでゆく夕日を見ながら私はあ、と溜め息を一つ吐いた。今日は何一つとしてツイてない。朝寝坊するわ、自転車は壊れるわ、弁当は忘れるし、大っ嫌いな数学の授業で指されるし(勿論解けなくて赤っ恥をかいた)、隣の奴の前髪の下を見てしまうわで全くツイてない。因みに隣の奴の前髪の下っていうのは、私の隣の席の何とか何とかくんっていう人の目を見てしまうと呪われるっていう噂の事。所謂嫌がらせってもの。まあ、何とかくんも何とかくんで以下にもって感じがするから仕方がない。大体目ん玉がすっぽり隠れるほど前髪を伸ばしているのがいけないと私は思う。邪魔じゃないのだろうか。それに話しかけても返事など返ってきた試しがない。猫背だし。暗いし。変な噂が立っても仕方ない。火のないところに煙は立たぬ。
しかし、何とかくんに変な噂が立ってもしょうがないっていう話をしても今日一日の私のツイてなさがどうにかなることはない。寧ろ、何とかくんの前髪の下を見てしまったのだから運の悪さは余計に強くなってしまった。まあ、あくまで噂だけど。
真っ赤に燃え盛る夕日に唾を飛ばしてみる。

「きったねー」

夕日から小生意気な声がした。んな、ばかな。間違えた。目の前に幼稚園か小学生一年生くらいの男がたっていた。

「五月蝿いな」

私、鬱陶しい生き物には冷たくする主義なんです。ゴメンナサイネ。

「つまんなそうだな、お前」

余計なお世話。
誰の所為でつまんなそうな顔をしてると思っているのよ。口から言葉を出すのも面倒くさくなってきたから、私は黙って目の前の鬱陶しい生き物を睨み付けた。しかし、鬱陶しい生き物はタフなのかなんなのか分からないが、10歳以上年上の睨みに怯えもせずに睨み返してきた。意外とやるな、コイツ。いや、怖いもの知らずとでも言うのだろうか。鬱陶しい野郎の目の中には私がはっきりと映っていた。なんて怖い顔をしてるの、私。自分の醜い表情にまた泣きたくなった。今日は本当にツイてない。何もツイてない。ツイてるとしたら貧乏神くらいしかツイてない。

「しょーがねえから、俺の宝もん、やるよ」

いらねぇよ。
私がそんなに酷い顔をしていたのか、鬱陶しい男は小さな手のひらにビー玉を一つ乗せ、差し出してきた。

「ビー玉 珍しいだろ?」

私はそのビー玉を黙って手にとった。手のひらのビー玉は夕日の光に反射してきらきらと光っている。そのままきらきらの中を覗いてみると、反転した世界が映っていた。夕日も、住宅も、鉄塔も、川も、土手も、花も全部反転している。上と下が反対になっている。けれど、夕日の燃え盛る赤と世界を照らすオレンジだけはそのままだった。見とれてしまうそれと同じ様にビー玉の世界にも広がっている。光が反射した川辺は小さなオレンジを、鉄塔は夕日に照らされながら静かに佇んでいる。どこにでもあるけれど、美しい世界がビー玉の中にはあった。

「きれーだろ」

きれいね。

「宝もんなんだ」

ビー玉みたいな目をした男の子はビー玉と同じ様にきらきらと目を光らせながら笑った。
何時からか、この目は眠たそうな気だるげな目になってしまうのだろうか。何時からか、この綺麗な目を見たら呪われると噂されるようになってしまうのだろうか。
この世界は不条理だ。
美しいものこそ、残酷だ。
ビー玉の中にはまだ綺麗な残酷が広がっていた。

「ありがと」
「いーって。じゃあな」

気付くと、周りはとっぷり夜になっていた。
私は立ち上がり、スカートに付いた芝と土を払い落とし、パンクした自転車に手をかけた。

隣の席の前髪の下は眠そうな、けれどもビー玉のような目をしたB男くんに明日、ビー玉は好きか聞いてみよう。









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