僕の学校にはとても物識りな先生がいる。 先生は身長は僕よりも小さくて真っ白な長い髭を生やしており、目はちいちゃくて粒羅。オマケに先生の肩幅より2倍も3倍も大きい学位を取得したら被る帽子を頭の上に乗せている。(被っているんじゃなくて乗せているんだと前、先生が仰っていたのでここでもそう表記することにする。) 学校の皆はそんな先生を気味悪がって誰一人として近付こうとしなかった。「変人」とか「キチガイ」とか変な渾名を付けて呼んだりもしていた。でも、僕は皆の考えと比例するように「変人」先生に興味が湧いた。それから僕は毎日先生の「研究室」に足を運ぶようになった。先生は理科の先生である。「研究室」と言ってもどこの学校にもあるような理科室なのだが先生は「研究室」と呼んでいた。「研究室」には色々な物が居座っていた。青い液体と金色に光るものが入っている地球儀や片方は鉄の皿、もう片方は木の皿なのにつりあっている天秤とか、見たこともない生物の標本だとか全てが僕の好奇心をそそった。僕は先生にその度に質問をした。 「これはなんですか?」 「今」 青い液体と金色に光るものが入っている地球儀について質問したとき。 「これはなんですか?」 「命」 片方は鉄の皿、片方は木の皿なのにつりあっている天秤について質問したとき。 「これはなんですか?」 「僕」 見たこともない生物の標本について質問したとき。 先生の質問の答えはさっぱりだった。しかし、僕は納得していた。そうかあ、これは「今」なんだあ。いつしか僕は「研究室」に居座るものたちの質問を止めた。僕が大人になったら突き止めようと思ったからだ。決して、質問の意味が分からなかったからではない。だから、僕は先生に他の事について質問をするのは止めなかった。何故なら先生は物識りだからだ。 「青春ってなんですか」 「性春だよ本当は」 「性春ってなんですか」 「若いってこと」 「性春したことありますか」 「いンや」 ある時、どうして先生はそんなに物識りなのか気になった。何故なら僕の好奇心は無限大だからだ。そして、僕は先生に聞いてみることにした。 「どうして先生はそんなに物識りなんですか」 すると、先生は一瞬固まり、しばらくしてから粒羅な瞳にうっすらと少量の涙を浮かべながら教えてくれた。 「怖いんだよ」 そう、ポツリと言葉を地面に落とすように答えた。 「怖いんだよ、知らないということが」 そして、暫くしてから先生は居なくなった。突然姿を消して居なくなってしまった。「研究室」に大量に積まれた先生の私物も、先生の住んでいた家の中も何もかもが空っぽになって消えた。勿論、学校は大騒ぎだった。何処にいったのだろう。何があったんだろう。けれど、そんな雑踏の中、僕は一人先生が居なくなったことに納得していた。あの日見た先生の涙が僕をそうさせていた。あの涙を見た瞬間から、何となくこうなることは分かっていた気がする。きっと先生は居なくなってしまうんだろう、と。 きっと先生は世界の総てを知ろうとしに行ったんだ。 遠い、遠い、世界の果てまで知識欲に溺れた一人の老人は旅に出たのだ。 そして、僕は今日も「研究室」に行く。 「GOOD BYE 先生」 |