35歳サラリーマン



「こんな簡単な仕事もろくに出来んのか!いつまでも人並みではいかんのだぞ!」

ああ、すいません、すいません。もうしませんから。だから、お願いだからそんなにぎゃあぎゃあ怒らないでくれ。そんなに騒いだらいつか高血圧でぶっ倒れるぞ。

「ただでさえ君は人並みなんだから、もっと人より努力したまえ!でなけピば、出世なんピピ、夢のピピピピピ…」

人並みなんて、分かってるさ。でも仕方ないだろ。今さら人並み以上なんてなれる訳がない。というより、さっきからピピピピピ、ピピピピピ煩いなあ。人を怒鳴り付ける前にちゃんと言葉を話してくださいよ。

「人並み!ピピピピピ…平凡!ピピピピピ…平均!ピピピピピ…ピピピピピ…」

ピピピピピ…ピピピピピ…


「ああ!もう煩いってば!」


ガバッと起き上がると目の前に広がるのは、上司の机の前でもハゲ頭の上司のまえでもなく見慣れた自室だった。
ああ、なんだ。さっきの嫌な出来事は夢だったのか。全く人並みだの平凡だの夢の中でも言われるなんて思いもしなかった。形状記憶はそこに放り投げられてくしゃくしゃになったYシャツだけにしてくれよ。
目覚めの悪いなか僕はよっこらしょ、とベッドから渋々起き上がる。最近、体の節々が痛むのは年の所為だろうか。いやいや、まだ35だぞ。いや、世間的にはもうおじさんなのかな。そういや、姪っこにも「おじちゃん」って言われたっけなあ。気分はまだまだお兄さんなんだけど。


「はあ…」


洗面台にて備え付けの鏡を見つめる。鏡にはまだ眠たそうな目をした僕が写っている。確かに20代の頃と比べて多少くたびれた顔をしている。目尻にしわがないとも言えない。時間には抗えないものだ。ついこの間まで20代のつもりだったのだが、いつの間にかに35になっている。早いものだ。
この歯磨き粉を愛用して何年目だろうか。学生時代からずっと使ってきている気がする。…数えるのもゾッとするから今はやめておこう。
バシャバシャと乱雑に顔を洗い、髪の毛を決まった形に整える。床に投げ出されている例の形状記憶シャツの袖に腕を通し、誕生日に貰ったストライプ柄のネクタイを絞め、紺のジャケットを羽織り、いつものサラリーマンスタイルのはい、完成。
革の鞄を手に持ち、スリッパから少し汚れた革靴に履き替える。今度の休みにでも靴磨きしなくちゃなあ。
朝ごはんは、マンションの下の行きつけのカフェで済ませるから、家では食べない。朝から飯を作るのも面倒だし。
見慣れたドアに鍵をかける。


「よし、」


35歳サラリーマン、吉田拓海。最近ちょっぴり朝が得意になってきたのも年の所為だろうか。






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