「はあっはあっはあっ…」
 八束は講義室から一目散で逃げ帰ってきたため、食堂に駆け込んだ時はもう息も絶え絶えだった。汗もひっきりなしにダラダラ垂れてくる。まだ5月だと言うものの良好な天気の下一回も止まらずに走ったとなれば周りは真夏の暑さ。
 体にくっつくTシャツの気持ち悪さから逃れようとパタパタ扇ぎながら、食堂のテーブルでぐったりと寝そべる。ひんやりとしたテーブルの温度が気持ち良い。身体中の熱を吸いとってくれるみたいだ。
 そんな心地好さに身を任せているとまた眠気が八束を襲ってきた。
 うつら、うつら、瞼と瞼が手を繋ぎ始める。
「八束ー?」
 耳元で大きな声で名前を呼ばれた。
 講義室のこともあり、ジェット機並の早さで八束は上体をガバッと起き上げた。
「そんなにビビんなよー。」
 見上げると今度はヤンキーではなく見慣れた顔。
「なんだ、裕也か…」
 ホッと溜め息をついた。
 全く毎回毎回こんなに心臓の悪いことばかりしてたら寿命がどんどん短くなっていく気がする。今度は背中に『起こさないでください』って張り紙でも貼って寝ようかな。
「なんだってなんだよー。せーっかく駆け込み寺ならず駆け込み食堂のお前の身になにかあったのか心配して来てやったのにさー。」
 そう口を前へ突き出す青年は八束の友人の山本裕也だ。 裕也は、好奇心旺盛な奴で将来は記者になりたいらしい。こうして、息絶え絶え、汗ダラダラの自分を目敏く発見するところは記者にぴったりだと八束は思った。
「で?何があった訳?食堂に飛び込んできたけど。あ、水どーぞ」
 目を輝かせながら聞いてくる裕也を見ていると情報提供をしないわけにはいかない。八束は「ありがと」と裕也から手渡された水を受け取りながら講義室での事を話した。
「なーんだ。ヤンキーに絡まれただけかー。」
「なんだってなんだよ。こっちだって大変だったんだぜ?」
「はいはい、お疲れ様。でもさー美女を見た!とかのが良かったなー。」
「ばーか」
 裕也のあからさまにがっかりしている顔を見て、自分までも何となくがっかりしてくる。
 誰だって学内でヤンキーに絡まれるという情けない思いをするよりも美女を見たいだろう。見れるものなら見たいさ、と八束は手渡された水を一気に飲んだ。
「!!うっわ、これ炭酸じゃん!」
「居眠り八束ちゃん目ぇ覚めた?」
 裕也は悪戯っぽくそう笑った。なんだか嫌な予感がする。まだ付き合いはじめて1ヵ月やそこらだが大体裕也が悪戯そうに笑うときは良いことはないのだ。
「今日は夜中まで起きてなくちゃならないんだから、目を覚ましておかなきゃ辛いぜー?」
「は?」
 炭酸ジュースを一気飲みしたおかげで喉が痛いし、鼻もつーんとする。
 ケホッと八束は咳を一つ溢した。
「お前が見れなかった美女を見に行こうぜ!」
 ああ、本当に嫌な予感がしてきた。




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