「でも、何もなかったんでしょ?」
「…多分。」
 大学内の賑わう食堂でオムライスを頬張りながら俺は目の前の友だち、山本裕也の話を聞いていた。裕也はいつもの明るさはなくげっそりしながらぽつりぽつりと話している。それもそのはず。昨日、俺らは人生初のオカマバーに行ってきたのだから。只でさえ慣れていないバーに加えてオカマときたらげっそりしない筈がない。案の定、べろべろに酔っ払った裕也はオネェさんたちにあれやこれやの「介護」をされたそうだ。気付いたらオネェさんの一人とホテルにおり、それはもう逃げるように帰ってきたらしい。オネェさんは「いやぁねぇ、何もしてないわようっ!アタシらはノンケくんには黙って手ぇださないのっ。んもう!」と言っていたみたいだけれど酔っ払ってからから逃げ帰る間の裕也にはそこら辺の記憶がないらしく、だいぶ落ち込んでいる。俺はそんな裕也を慰めながら、曉人さんに運ばれて良かった、と内心ホッと胸を撫で下ろした。
 俺はというと、結局あの後は朝飯だけご馳走になり帰った。曉人さんは「体調はもう大丈夫なのか」等と見た目に似合わず色々な世話を焼いてくれたが全て丁寧にお断りさせて頂き、裕也と同じく俺も逃げるように帰っていった。慣れないアルコールに頭はガンガンと痛んだが、曉人さんとあの限られた空間で過ごす方が気まずくて色んなところがガンガン痛みそうだ。目付き悪いし、ぶっきらぼうだし、何を考えているか分からないし。それなのに、笑うとすごく綺麗な顔をする。睨まれるよりもあの顔をされた方がどうすればいいのか分からなくなってしまう。大学で見たときも曉人さんの家で見たときも何故かどきどきとした。ただ、笑っただけなのに。
 今度会ったら、この前のお礼だけしてもう関わるのはよそう。
 そう思いながら、水を飲もうと手を伸ばしたとき、あることをふと思い出した。
「ねえ、そういえば裕也の言ってた大学一の美女って結局何だったの?」
「…え、ああ、あれね。いや、多分ガセだと思うんだけどさあ」
 裕也はそういうと伏せていた体を持ち上げて口を開いた。
「俺らが行った『クラブオネェさま』でここの学生が働いてるらしいんだって。」
「へえ。で、何、そんな下らないことのために俺を誘ったわけ?」
「ちょっと待てよ。まだ続きがあるんだってば。」
 俺は溜め息を吐きながら裕也を見ると、裕也は慌てたように手を振った。
「なんでも、その学生っていうのがすっごい美人なんだって。」
「ふぅん。いや、でもそれってやっぱりオカマなんでしょ?」
「そうなんだけど、話によるとその人とならゲイになってもいいっていう人いっぱいいるみたいよ。」
「…物好きだな。」
「でもさ、でもさそんなに美人なら見てみたいだろ!」
「そうかなあ。」
「そうだよ!えーと名前が確か…。…あれ、」
 少しばかし興奮して話していた裕也だったが、何やらかばんを漁り始めた。多分、噂ばかりを書いた裕也の手帳を探しているのだろう。しかし、今日は取り出すのに些か時間がかかっている。いつもはすぐに取り出せるように取り出しやすいところに入れているはずなのに。
 暫くかばんを漁ったあと、あげられた裕也の顔は真っ青だった。
「…まさか」
「…手帳、落とした…」
 と、同時に裕也の携帯電話に着信が入った。
「…こんなときに誰…。…え、嘘。…マジ…?」
 携帯電話の画面を見る裕也の顔色は青を通り越して白に染まっていくのが分かった。何となく嫌な予感が胸を過る。
「…ね、ねぇ裕也?まさかとは思うけど、手帳を落とした場所ってさあ…」
「『クラブオネェさま』だ…」
 裕也の表情がどこか凛々しく見えた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -