訳が分からない。
 どうしてこんなことになっているんだろう。
 頭の中にはそんな言葉達が浮かんだり消えたりしていた。時刻は午前11時。日曜日だということもあり今日は大学は休みだ。それがラッキーなのかアンラッキーなのか。目の前に綺麗に並べられた遅めの朝食を見ながら八束は溜め息を吐いた。
「なんだよ、早く食え。」
「え、あ、はい。食べます食べます。」
 八束と同じ様に並べられた朝食を食べながら男はそう言った。八束は目付きの悪い男に急かされるように渋々と白飯を口に運ぶ。二日酔いの頭には優しすぎる味だ。
「あの、櫻井、さん?」
「暁人でいい。」
「あ、暁人さん」
「……なんだ」
 ついさっき聞いたばかりの名前を呼んでみる。すると目付きの悪いヤンキー、櫻井暁人は八束を睨み付けるように見た。それでもパクパクと白飯とソーセージを食べるのを止めないのはそれくらい腹が減っているということだろうか。八束はそれに比べて全く減らない自分の白飯を見ながら確かめるように聞いた。
「つまり、暁人さんはオカマバーで潰れた俺を」
「クラブオネェ様な。」
「…クラブオネェ様で潰れた俺を家も分からないし、仕方無く暁人さんの家に運んでくれた、って訳ですよね。」
「だからさっきからそうだっつってんだろ。」
「…ごめんなさい」
 漸く見えてきた話に八束は安堵か溜め息か分からない息を吐いた。
 静かになった部屋にはカチャカチャと食器と食器がぶつかる音だけが響く。八束は気まずいなあと思いながらこんなとき裕也だったらどうするだろうと考える。あいつだったらこんなに気まずくなることはないんだろうなあと暁人と楽しげに話す裕也を想像した。そういえば裕也は大丈夫だろうか。裕也は真っ直ぐ家に帰れただろうか。自分は暁人に運んでもらい無事だったが裕也はオカマさんたちにそのままお持ち帰りなんてことになっていないだろうか。でもあいつオカマにモテてたからなあとまで考えて八束はあることに気付いた。
「そういえば、どうして暁人さんはクラブオネェ様にいたんですか?」
「あ?」
 何も考えずに暁人に話しかけてしまったことに八束は後から後悔した。鋭く睨み付けてくる目に肩をすぼめながら「なんでもないです」と答えようとした時、被せるように「酒運ぶやつ。」と暁人の声がした。
「へ、」
「だから、酒運んでんの。何回も言わせんな。」
「…ウェイターみたいな?」
「そんな感じ」
 暁人はそう素っ気なく返したが八束は普通の会話が出来たことに何となく感動した。成る程、成る程ウェイターさんかあ、と一人嬉しくなり八束は何度も頷く。そんなニヤニヤしている八束を見ながら暁人は不思議そうな顔をした。
「何でもいいけどさ、飯、もっと食えよ。」
「え、あっ」
 ぽいっと暁人が自分のソーセージを八束の減らない皿に投げ入れた。投げ入れられたソーセージを見ながら八束はまたやってしまったっと思った。また増えてしまった。仕方無い。これはもう諦めて食べるしかないんだろう。腹を括るしかない。また静寂が戻ってきた部屋の中、八束は目の前の山盛りのソーセージと白飯を口に運ぶ。出されたものを消化することだけに集中することにした。食べ始めると目の前で睨み付けてくる暁人が怖くて気付かなかったが暁人が作った朝食は味付けもしっかりしており案外美味しい。
「美味しい」
 塩加減が絶妙のソーセージに緊張が緩んだのかポロっと思ったことが口に出てしまった。八束はまたヤバいと思いながら暁人の方へ顔を向ける。
「…おう」
 とだけ暁人は呟いた。そして、
「サンキュー」
 と、あのときと同じ顔で笑った。
 あの、第2講義室でみた笑顔と同じ笑顔で。
「…はい」
 ソーセージが口の中で弾けた。




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