「よし、入るぞ、八束!」
 裕也がいきり立ちながら握っているものは、見間違いじゃなかったら、多分きっと上に飾ってある気持ち悪い看板の店の扉の取手だ。茶色い木でできた小さな扉にちょこんと取り付けられている金色の取手というのはどこでも見つけられるものだが今は随分とおぞましく感じる。取手を握っている裕也の手も微かに震えているのは八束と同じ思いが少なくとも彼にもあるからだろう。
 それもこれも全て店の看板の所為だと思う。
 店に飾られている看板はこの光輝くネオン街に相応しい奇抜な色合いの輝きをピカピカと放っている。これだけでも足がすくむのだが、何よりもおぞましいのが看板に描かれたイラストだ。ピンクのフリフリのリボンが大量に付いたキャミソールと真っ赤なハイヒールを履いている面長な顔と剃り残しの青髭がチャームポイントの男性とその隣に金髪の長い髪の毛をツインテールにして真っ赤なドレスを着ており、これまた顎髭が特徴的な男性というあまりにもセンスのないイラストが描かれている。そして二人の男性の間のハートの中に書いてある「クラブオネェ様」という文字。この看板は、ネオン街に来たことのない八束でさえどういう店なのか容易に想像がついた。
 そう、クラブオネェ様は列記としたオカマバーだった。
「ちょ、ちょちょちょ、裕也?ねぇ、裕也?」
「な、なんだよ。」
「え、本気なの?ねぇ、本気なの?」
「何を今さら!俺は超本気だ!」
「はあ?!だ、だって、ここ…」
 言葉とは裏腹に冷や汗だらけで目に不安しか浮かべていない裕也に「オカマバーだよ?!」と認めがたい事実を口から出すのに戸惑った、その瞬間だった。
 ガチャ、と裕也が震える手で握りしめている取手が逆方向に回り、おぞましいその扉が開いた音が二人の耳に入った。
「アラァ?なんか、開き難いわね。なんでかしら。」
 うっすらと開いた扉の隙間から聞こえる女口調の男の声。裕也は喉からヒッと小さく悲鳴を溢し、八束は扉から一歩後退した。
 おぞましさが一気に恐怖に変わり二人を支配する。
 じりじりとゆっくり開いていく「クラブオネェ様」の扉。そして、開いて行く度にチラチラと見える程好い筋肉とそれを覆う薄いピンク。八束の頭の中に頭上から見下ろす彼らの姿が過った。
「ん?あンラァ?!キャー!カァンワイイ!!」
 扉から聞こえる猫なで声に裕也は取手を握ったまま固まり、八束は扉の中から出てきた怪物の姿を目の当たりにして頭の中がホワイトアウトした。
「お客さアん?坊やたちっ」
 扉から出てきたのはあのおぞましい看板と同じ様に顎髭が青く、女物の服を着ており金髪のロングヘアーのがたいの良い男性だった。
 蛇に睨まれた蛙の気持ちが今は分かるかもしれない。恐怖に支配された身体はただ生き延びるという本能しか働かなくなる。
 八束と裕也は目の前の蛇、基オカマさんの質問にただただ無言で小刻みに頭を縦に何回も振り続けることしかできなかった。
 そして、二人の必死の反応を見たオカマさんのにんまりとした微笑みを最後に二人はオカマバーの中へとついに足を踏み入れてしまった。
「かわいい男の子二人、ごらぁいてぇん!」




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