裕也に言われるがままに来たのは、大学の最寄りから2つ隣の駅だった。講義が終わってから集合との事だったため時刻は午後8時。駅周辺は微酔いのサラリーマンやらOLやらで溢れかえっている。
 八束はというと、2つ隣の駅というものの殆ど降りたことは無く寧ろ見知らぬ場所と言った方が近い。そんな場所に午後8時に一人でいるのは心細かった。
 ちらりと駅から離れた所に目をやると一面の光、光、光。そこには光輝くネオン街が広がっており、様々な男女が街を練り歩いている。その風景は大学生と言えども去年までは高校生の八束に不安を植え付けるには充分すぎる光景だった。
 しかし、こんな場所で待ち合わせをしようだなんて、裕也はこういう場所に慣れているのだろうか。そんなことを考え始めるとなんだか今までの裕也のイメージが壊れそうな気がしてやめた。
「おーい!八束!」
 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。辺りをキョロキョロと見回すと、駅から出てくる裕也の姿が見える。八束は安堵の溜め息を眩しいネオン街に向けて吐いた。
「遅いよ。何してたの?」
「ごめんごめん。こんなところで待ち合わせだったから、一人で待つのやだったから遅れてきた。」
「何だよ、それ。ふざけんな。」
「ごめんって。今日は俺が奢ってやるからさ。」
 両手を合わせ謝ってくる裕也を見て八束は再度溜め息をついた。呆れと少しの安心を含みながら。誘った彼自身もこのようなネオン街は初めてだったらしい。8時等と言ったのもそういう振りをしたかっただけであろう。やっぱり、裕也はいつもの裕也だった。
「じゃあ、早速行こうぜ!」
「こんなとこで、どこに行くわけ?」
 八束がずっと持っていた疑問を裕也に投げかけると、彼は好奇心旺盛なその顔をネオンの光で輝かせながら答えた。
「だから、美女のいるところっ!」
 だから、その美女のいるところっていうのが分からないんだってば。
 今日何回目かの溜め息を吐きながら八束は悪戯そうに笑う裕也の顔を見た。この様子では目的に着くまで教えてくれないであろう。そう思い、八束は仕方なく前を歩く裕也に着いていくことにした。
 多少嫌な予感が胸を支配していくが、目的を知るにはこれしかない。二人は色とりどりのネオン街へと足を進ませていった。
「ねえ、これ未成年だけで来ていいの?」
 八束は周りを見渡しながら不安そうな声で隣を歩く裕也に聞いた。すると、裕也も不安そうに「分からない。」と答える。
 それもそのはず。二人の周りには沢山のラブホテルと綺麗なお姉さんがいるキャバクラがずらりと並んでいた。街のあちこちからはホステスの高い声と有頂天になっているオッサンの声が飛びあっており、二人のような若い学生の姿はどこにも見当たらない。
「でも友達は来たことあるって言ってたんだよなあ…」
「友達って誰だよ。」
「タカシ。」
「あいつめっちゃ老け顔じゃん。」
 八束の頭の中に友人のタカシのまるで30歳後半のような顔が思い浮かび、余計に不安が八束を襲った。
 ああ、今すぐ帰りたい。
 こんなところにいたら、何か大切なものを失ってしまいそうな気がする。例えば、今までの大切に取っておいた魔法使いになる条件とか。
 と、そんな下らないことを悶々と考えていた時だった。
「あった!」
 裕也が大きな声を出して、目の前のこれまた眩しい店を指差した。
「なに、ここ」
「クラブ、オネェ様!」
 クラブオネェ様。
 そう書かれた看板には気持ちの悪い男の人が女装している絵が書かれている。

 魔法使いになる条件どころか、男として奪われたくないものさえ奪われそうな気がしてきた。




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