とりあえず、持ってきた料理をハイスペックキッチンに広げる。
具材はひき肉、玉ねぎ、パン粉、卵といったものたち。


「何を作るか分かります?」


淡い青のエプロンを着けた鳴海先輩にそう尋ねると先輩は眉を潜め、ううーんと唸った。暫くして何か思い付いたようにハッとし「すき焼き!」と答えたところを見る限り、料理は本当にからきしダメそうだ。


「違いますよ。ハンバーグです。」
「ハンバーグ?これだけでハンバーグが作れるのか?」
「これだけって…。すき焼きの方がこれだけで作るのは無理があると思うんですが。」
「そうか?すき焼きなんて肉と卵だけじゃないか。」
「野菜もちゃんと食べてください。…捏ねたり、混ぜたり、焼いたりして作るんですよ。」
「ほほーう!」


相変わらずな先輩に呆れつつ、「まずですね、」と先輩と俺のハンバーグ作りが始まった。




「あがうー!なびだで前が全然びえないんだがー!」


玉ねぎのみじん切りをさせて約1分。
初めは「なんだ。簡単そうじゃないか。」といきり立っていた鳴海先輩は切れ長の目に大量の涙を浮かべながら玉ねぎを切っていた。


「頑張ってください。これも料理が上手くなるための試練です。」
「づらいー」
「手元気を付けてくださいね」
「じぬー」


ずびずび鼻をすすりながら玉ねぎを切り続ける先輩の手つきは前がよく見えない所為かフラフラしていて危ない。はらはらしながら見ていると。
案の定だった。


「痛っ…」


先輩から悲痛な声が聞こえてきた。慌てて先輩を見る。
あーあ、包丁で手を切ったみたいだ。先輩の白い指からダラダラと赤い血が垂れていた。


「大丈夫ですか…」
「うわああああああああ!!!!」


痛々しい指の先輩に声を掛けようとした瞬間、叫び声のような大きな悲鳴が俺の耳をつんざいた。


「せんぱっ、うるさっ」
「うわああああっ!!血だあああっ!血!血!」


血を見慣れていないのか、完全に取り乱しパニックになる先輩。目には玉ねぎの所為か痛さの所為か、はたまた血の所為か大粒の涙が溢れている。


「落ち着いてくださいって!大丈夫ですからっ!」
「朱流ー!どうしよ!朱流!」
「ああ、もう!うるさいっ!」


パニックに陥っている先輩はもう人の話に耳を傾けそうもない。だからって怪我をしたまま放って置くわけにもいかない。ああ、もう面倒くさい人だな。
俺は取り乱している先輩の腕を取った。


「どうしっ…!…あか、る?」


怪我をした指を自分の口に含んだ。じんわりと鉄の味が口の中に広がっていく。不味い。
指をくわえたまま、静かになった先輩をチラリと見ると先輩は呆然とした顔で俺を見ていた。


「…大丈夫ですか?」


そう聞くと、先輩は黙ったままこくこく頷いた。
良かった落ち着いて。
俺も先輩の指を口から離した。


「すいません。突然くわえたりなんかして。でも、こうしないと血が止まらなくて。」
「…びっくりした…」


唖然としたままの先輩の指についた血を水で洗い流す。傷が浅かったため血も直ぐに止まったようだ。全くあれだけであんなに取り乱すだなんてどれだけ血に慣れてないんだ。


「絆創膏貼りましょう。」
「…ん」


こういうこともあるだろうと常備していた絆創膏をエプロンのポケットから取り出す。それをおずおず差し出してきた先輩の指にぺたりと貼った。


「きゃらくたーばんそこ」
「これしかなかったんです。嫌なら剥がしますよ。」
「ううん。…ありがとう。」
「どういたしまして。」


暫く花柄にウサギが書かれた可愛らしい絆創膏を見つめていた先輩に包丁を差し出すと、心から嫌そうな顔をしながら「朱流やって。」と言われた。
全く、本当に我儘なんだから。
この様子じゃ暫く料理はできないなあ、と思いながら玉ねぎを切りました。





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