空に広がる大きな青。その中を気持ち良さそうに真っ白な雲が泳いでいる。今日はなんとも春らしい快晴だ。
 しかし、今の俺の状況はそんな春うららを感じているような場合ではない。俺は、新しい高校への通学路を汗だくになりながら走っていた。今日はいつも以上に広告の枚数が多かったから特売の確認にだいぶ手間取ってしまい家を出る時間が遅くなってしまった。そのため、父さんの朝ごはんは玉子焼き一品だけになってしまったが気にしない。それに白飯が食べたくなったら自分でよそるだろうし。それよりも心配なのは、掃除とご飯をちゃんと炊いておいてくれるかだ。あの人はかなりの気まぐれだからやってくれないかもしれない。と、いうよりやっていない方が多い。しかし、今日は三角スーパーにてお一人様玉子1パックが50%offの特売の日だ。このチャンスを見逃すわけにはいかない。なんとしても玉子をゲットしたい。だが、ゲットするためには学校から直接三角スーパーに行かないと間に合わないのだ。家に帰ってゆっくりご飯を炊いている時間なんてこれっぽっちもない。何せ、特売というのは主婦たちの戦場なのだから。生半可な気持ちで挑んで勝利を手にすることはできない。多少の犠牲は目を瞑らなくてはならない。まあ、だからと言って白米を諦めた訳ではない。多分、父さんは炊いてくれない。その対策はもう用意してある。ああ、自分の事ながらこの用意の良さには身震いを覚える。何故なら、何故ならば!
「うぎゃ」
「うわあああああ?!」
 ドン、と何かにぶつかった感触と同時に情けない自分の声に畳み掛けるように頭上から叫び声が降ってきた。
 走りながら、放課後の戦略を立てていた所為か周りがよく見えていなかったらしい。明るい世界から突然真っ暗に連れていかれチカチカする目とぶつかった痛みによりフラフラする体で頭上を見上げた。
 そこにあったのは青い空、白い雲。それから、金色の髪と透き通るような青い、瞳の、王子さま。
「…だれ…」
 見とれてしまいそうになるくらい綺麗な顔をした男の子がいた。
「うわあああああ うわあああああ うわあああああ!!」
 しかし、それほど見とれている時間はなさそうだ。
 頭上の男の子は何にそんなに驚いているのか叫び声をひっきりなしに上げていた。え、何この人。ちょっと、頭、ダイジョウブ?
「あ、あの、だいじょうぶですか」
「君こそ大丈夫かい?!怪我はない?!痛いところは?!歩ける?あああああ僕としたことが!僕としたことが!」
「は?え、は?だい、じょうぶですけど…」
「ほんとに?!本当かい?!ああ、お顔を見せておくれ!傷がついてしまっていたら!」
「え?ちょ、なにす、やめ」
 慌てふためく、というよりパニックに陥っている男の子は俺の顔をガッと掴むと切りに行く時間がなくて伸ばしっぱなしの鬱陶しい俺の前髪を書き上げてジッと見つめてきた。
「…………え、」
 透き通るような青に俺の姿が写っている。
 男の俺でさえ、見とれてしまうような綺麗な目。まるで生まれたての玉子を横に倒したような大きな目。
 玉子のような、玉子、玉子…
 そうだった、俺は今遅刻しそうなんだった!!
「ちょ、すみません!俺、急いでいるんで!」
「え、あ、うん……」
 俺は捕まれている手を引き剥がし俺はまだまだ続く通学路をダッシュした。
 ヤバイヤバイ、入学早々遅刻なんてしたら悪目立ちしてしまう。そんなのはごめんだ。俺の戦場は特売だけでいい。
 そしてまた脇目もふらずに俺は走りはじめた。





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