17



 焼きそばを買ってからしばらく僕らはぶらぶらと屋台通りを歩いていた。あちらこちらに色々な種類の屋台が並んでいる。前半の屋台は食べ物屋台が多かったが後半には金魚すくいやお面屋さん、くじ引き等といった遊びものの屋台が多くなってきた。前を歩く悠馬くんはさっきからきょろきょろ周りを見ている。何かやりたいものでもあるのだろうか。あっちにいってはふらふら、こっちにいってはふらふらする悠馬くんに「何かやりたいの?」と声をかけようと口を開いたと同時に悠馬くんがこちらを振り返った。
「やっと見つけた!」
「へ、何を?」
 振り向いた悠馬くんの表情はようやくお目当てのおもちゃを見つけた時の幼い子供の様だ。僕は突然の事に驚きながら悠馬くんの真後ろにある屋台に目を移した。
「射的!やろうぜ田崎!」
 嬉しそうに笑う悠馬くんの後ろには大小様々なおもちゃが並べられた射的屋があった。なるほどさっきからきょろきょろとしていたのは射的屋を探していたのか。悠馬くんはまだ少し距離のある射的屋まで一目散に駆け出していった。
「あっ、待ってっ…うわっ」
 僕も駆け出した悠馬くんに続くように後を着いていこうとしたその時だった。
 ぶつん、と聞き慣れない音が足下から聞こえた。そして次には前に飛びだした足は木の下駄ではなくじゃりっと固いコンクリートの上へと投げ出されていた。
「…嘘、切れた?」
 嫌な予感を感じつつ、コンクリートの感触を確かめ恐る恐る足下を見ると、案の定、下駄の鼻緒がぶっつりと千切れていた。人混みに揉まれながら何とかしゃがみこみ、鼻緒の切れた下駄を取ろうと手を伸ばすが何せこの人だ。歩く人の波や蹴られたりで下駄は転がっていってしまう。それでも何とか下駄を掴み、やっとのことで体を起こして周りの景色を見た瞬間僕は「え」っと間抜けな声をこぼした。
「悠馬くん?」
 顔を上げた場所は、先程までいた所と若干違う景色が広がっていた。悠馬くんが向かった筈の射的屋はあった場所に無く、変わりに金魚すくい屋さんがある。そして勿論、悠馬くんの姿も無かった。下駄を拾っている最中に先程いた場所からはぐれてしまったらしい。
「…うそ…」
 慌てて周りを見回してみるが似たような屋台ばかりで射的屋がどこにあるのか分からない。それに下駄を追いかけるのに夢中すぎて方向感覚を失ってしまい、どちらから来たのかも忘れてしまった。入り口のアーチを探してみるもこの身長では探すことが出来ない。悠馬くんの名前を呼んでも沢山の人の声と和太鼓の音にかき消されてしまい届くはずもなかった。探すにもこの人の量だ。人一人を探し出すなんて不可能に近い。どうしよう、と焦りと不安が押し寄せてくる。沢山の人が行き来している通り、更にそれに拍車をかけるような沢山の声と古臭いBGMと鈍い太鼓の音。だんだんと目の前がぐにゃんぐにゃんと回り始めた。
「…きもちわるい…」
 バスに酔った時と同じ気持ち悪さが僕を襲った。
 ぐらぐらする脳みそで取り合えずここから抜け出して静かなところへ行かないとと思い、僕は口を押さえながら屋台通りから横に逸れて誰もいない近くの神社へと向かった。

「…はあ、はあ…はあ…」
 よろめきながらも何とか小さな神社へたどり着き、石で出来た階段の一番上に座り込む。人影を感じない静かなそこでしばらく休んでいると気持ち悪さも徐々に無くなり楽になってきた。そして、だいぶ気持ち悪さも収まってきた所で僕は溜め息をついた。
 また、やってしまった。
 海の時の様な失敗はもうしないって決めたのに、今回も失敗してしまった。しかも今回は迷子だ。多分、悠馬くん心配しているだろう。また悠馬くんに心配かけちゃったなあ。あの日見た時と同じ顔をしているんだろうな。あの、悲しそうな泣きそうな顔。ごめんね、悠馬くん。
 じわりと目から涙が溢れそうになる。ああ、だめだだめだ。泣いちゃダメだ。悠馬くんを探さないと。悠馬くんに会って、大丈夫だよって言わないと。
「あっ、電話!!」
 そういえばすっかり忘れていた。電話があるじゃないか、と思い僕は急いで携帯電話を取り出した。待受画面を開くとそこには何件もの悠馬くんからの着信とメールが着ていた。僕も急いで悠馬くんに電話をかけた。プルルッと電話特有の呼び出し音が一回なる。
『田崎っ』
「あっ、ゆっ悠馬くん!あの、」
『お前今どこにいんだよ!』
 電話が繋がるや否や直ぐに受話器の向こうから悠馬くんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「…ゆうまくん」
『田崎っどこ?!』
 その声を聞いただけでひどく安心した。
「…じっじんじゃぁ…たかっ、高いとこに、ある」
『分かった、今行く。』
「うん、ゆうまくん、ごめんね…」
『…すぐ行くから。だから、泣くな。』
「…ごめんね」
『待ってろ』
「うん…」
 悠馬くんの低くて優しい声を聞いただけで堪えていた涙が溢れた。
 早く、来て。

 何分か神社でうずくまっていると誰かが神社の階段をかけあがってくる音がした。
「…田崎、」
「悠馬くん」
 顔をあげると目の前に肩で息をしている悠馬くんがいた。走ってきてくれたんだ。悠馬くんはゼェゼェ息をしながら僕の隣に座り込んだ。
「やっと、見つけた」
 悠馬くんはそう言うと少し苦しそうに笑った。



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