16



 ぼんやりとした橙色の提灯がそこかしらで輝いている。遠くからは和太鼓の鈍い音が聞こえてくる。彩りの屋台が並んだそこはお祭り一色だ。
 僕は賑やかな場所から少し離れた所で悠馬くんを待っていた。待ち合わせまであと10分ばかしある。ちょっと早く着きすぎてしまった。生温い夏の風が僕の頬を撫でた。胸の鼓動は家を出たときと変わらずどくんどくんと鳴っている。悠馬くんに早く来てほしいような、まだ来てほしくないような不思議な感覚が僕を取り巻いていた。海の時の様な失敗をしないようにだとか、また悠馬くんに迷惑をかけないだろうかとか様々な不安が頭を過る。その度に今日は楽しむって決めたのに、と自分で自分を勇気づけるのだが一度過った不安を取り除くことはそう簡単には出来ず、また自分の頬を叩いて勢いづけるということをさっきから何回も続けていた。
「今日は、大丈夫、頑張るって、決めたんだから。」
 そう呟き頬を何回か叩いた時、遠くから僕を呼ぶ声がした。
「田崎!」
 心臓が飛び出しそうになる。僕はドキドキしたまま声がした方に顔を向けると悠馬くんがこちらに走ってきていた。
「ゆっ悠馬くん」
「わり、待った?」
「う、ううん。今、来たところだよ。」
「そっか。良かった。」
 肩を大きく揺らしながらそう笑う悠馬くんは相変わらず眩しい。屋台の光やら提灯の灯りやらよりもずっとずっと明るいその笑顔はついついみいってしまう。
「うわあ、屋台、結構あるんだな。」
「そうみたい。奥で盆踊りもやってるらしいよ。」
「へぇ、楽しそうだな!よっしゃ、じゃあ早速行こうか。」
「うん!」
 悠馬くんはそう言うと、お祭りの看板がかかっているアーチをくぐって屋台が立ち並ぶ通りに向かって歩いていく。僕もそれに続くように大きな派手なアーチをくぐった。アーチをくぐるとそこはさっきまでいた町とは全く別の世界のようだった。色んな種類の屋台が並ぶ通りからは色んな匂いがしてくる。きらきら緩やかな光で埋め尽くされたそこは自然と気分を高揚させた。お祭り特有の雰囲気が僕らを出迎えてくれていた。
 僕は夕飯を食べずに出てきたため屋台から香る匂いに思わずお腹がなってしまった。
「あ」
「腹減ったの?」
「え、あ、えと、…うん」
「はは。そーだな。俺も腹ペコだ。なんか食おうか。」
 僕の腹の虫の音を聞いた悠馬くんは笑いながら様々な屋台に目を向ける。それに吊られて僕も屋台に目を移した。屋台はたこ焼きからお好み焼き、ジャガバター、かき氷など種類豊富に揃っている。僕はその中からひとつの屋台を見つけ、指を指した。
「あ、あれ食べたいっ!」
「ん?…ああ、いいな。」
「焼きそばっ!」
 僕が指を指したのはじゅうじゅうと美味しそうな音と匂いを出している焼きそばの屋台だった。悠馬くんも焼きそばの屋台を見て「美味そうだなあ」と頷いてくれる。悠馬くんも嬉しそうな顔をしてくれたから僕も何となく嬉しくなって悠馬くんを焼きそばの屋台まで引っ張っていった。
「すいません!」
 熱々の鉄板の上でじゅうじゅうと音をたてながら焼かれている焼きそばはとても美味しそうだ。
「あの、」
「焼きそば二つください。」
 よだれが垂れそうになるのをこらえながら屋台のおじさんに声をかけるとそれに続くように悠馬くんが焼きそばを注文する。「え」と間抜けな声をあげながら悠馬くんを見るともう支払いを済ませたらしく手には熱々の美味しそうな焼きそばを二つ持ちながら
「俺の奢り!」
 と、にっこり笑った。
「う、え、そんな、悪いよ」
「いーよいーよ。」
「で、でも」
「別にいいのに。んー、じゃあ、後でかき氷奢ってくれる?」
「へ、」
「それでおあいこ!な!」
 にかっと笑う悠馬くんの笑顔に落ち着いてきた胸がまたドキドキ音をたてはじめる。優しい悠馬くんの笑顔が僕は大好きなんだ。
「ありがとう」
 太鼓囃子がお祭りの始まりを合図した。



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