14
「もしもし?」
小さな機械に向かって呼びかけてみる。
『…田崎?』
すると、小さな機械から呼びかけが返ってくる。そんな当たり前のことって笑われるかもしれない。けれど、僕にはそんな当たり前のことが凄く嬉しいんだよ。
僕はぎゅっと携帯電話を握りしめる力を強くした。
悠馬くんが、出てくれた。
緊張で震える両手と悠馬くんが出てくれた嬉しさでにんまり緩む頬っぺた。きっと変な顔をしてるだろう。でも電話なら顔が見えないからいいか。
『どうした?』
「あっ、えっと。」
『ん?』
久々に聞いた悠馬くんの少し低めの声。電話越しだからか余計に低さを感じる。だが、逆にその低さが悠馬くんの口調を優しくしているような気がした。
「海、連れていってくれてありがとうって言いたくて。」
僕がえへへと笑うと悠馬くんも電話の向こう側で小さく笑っていた。こんな他愛のない会話が凄く嬉しいんだ。悠馬くんの声を聞いて、悠馬くんと同じ時間を過ごす。悠馬くんの傍にいれるたったそれっぽちのことが嬉しい。
『海、楽しかったな。』
「うん。凄く。」
『…あのなー』
電話の向こうで悠馬くんがぽつりと呟いた。
『俺、田崎と海行けて良かったなーって思う。』
胸がドキンとなる。
悠馬くんのことだから特に深い意味なんて無いんだろう。けど、やっぱり、そんなもの、好きな人にそんなことを言われたら。
身体中の熱が顔に集まってくるのが分かった。心臓もドキンドキンすごい早さで鳴っている。頭だってもうぐるぐるぐるぐる。思考停止ってこんな状態のこと言うのかな。もし、そうだったら思考停止って凄く危険だ。だって、何も考えられなくなって、死んじゃいそうだよ。
『田崎?』
「…悠馬くん。僕、嘘ついた。」
『え?』
もし、僕らの間に電話機がなかったら僕は君のこと直視出来なかったかもしれない。もしかしたら、話すことも出来なかったかもしれない。そのくらい今の状況は初めてで。今までにないくらい心臓も血液も脳みそも何もかもがあと数秒で爆発するんじゃないのってくらいドックンドックンと騒いでいる。
だから、余計に今の状況を僕は逃すわけにはいかないんだ。僕はごくりと生唾を温い喉に流した。
「本当は、海のお礼がしたかった訳じゃないんだ。」
『え?』
「あのね。あのね、悠馬くん。聞いてくれる?」
『…聞いてるよ。』
僕が悠馬くんに電話した理由。そんなの最初から分かりきっているはずでしょう?だって、そうじゃなければ僕はこの使わない受話器を手にとることはなかったんだから。
「悠馬くんと話したくなった。」
『うん』
「たった、それだけ、なんだけど…。…ごめんね、悠馬くん。」
思ったことをいざ口に出してみるとあまりにもシンプルで拍子抜けしてしまった。あれ、こんなもんだったっけ。
『田崎、問題です。』
「へっ」
『明後日、何があるでしょう!』
「…明後日?」
『答えはー…』
「なっ夏祭り?!」
『せーかい』
毎年、僕らの町で行われる夏祭り。
いつも欠かさず行っていたけれど、そうか、もう明後日か。けれど、その夏祭りがどうかしたのかな。
『田崎、誰かと行く予定ある?』
「えっえーっと、特にないよ。」
『じゃあさ、一緒に行かね?』
「……えっ?!」
『やだ?』
「やっややややじゃない!全然やじゃない!」
『じゃあ決まりな。詳しいことはメールする。』
「えっ、あっうん!」
夏祭り。
夏祭りに悠馬くんと?
どうしよう、どうしよう。ドキドキもドックンドックンも通り越したよ。
『…じゃあ、夏祭りで。』
「うん。夏祭りで。」
『じゃあな。』
プッと電話が切れた。受話器の向こうからはもう悠馬くんの声は聞こえず代わりにつーつーっという機械音が聞こえた。もう電話は終わったのか。けれど、僕はいつまでも携帯電話を握りしめたまま離さなかった。離してしまったら夢から覚めてしまうからとかそんなおとぎ話に出てくるような文句からではない。ただ単純に離すことを忘れていただけだ。それくらい今の僕は呆然としていた。
ゴトンっと充分熱が冷めた勉強机に頭から突っ伏す。上を見上げるとまだまだ山積みの宿題たち。早く片付けてしまわなければ。じゃないと、時間がなくなる。なんてったって今年は忙しいんだから。夏が終わる前に宿題を終わらせないと。
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