10



 突然背後に現れた悠馬くんの姿に驚き目をパチクリさせていると、悠馬くんは何も言わずに僕の隣に座った。海で泳いできたのか、小麦色までとは言わないが調度よく日焼けされた肌と綺麗な黒髪が水に濡れていた。手には、青色のガラス瓶が2本握られている。ビンの中には小さなビー玉が入っているのが見えるから、きっと中身はラムネだろう。ああ、さっき首筋に触れた冷たさはきっとこれだ。首筋にひんやりとした感触を僕は思い出した。
「悠馬くん…どしたの?」
「んー?いや、体調大丈夫かなーって。…ラムネ飲む?」
 隣に座っている悠馬くんにそう聞くと、悠馬くんはお得意の笑顔を浮かべた。今までずっと一人でいたからか、それともただ単に悠馬くんの笑顔が素敵なのかは分からないが、胸の奥がキュウ、と締め付けられたように苦しくなる。悠馬くんのお日様みたいな笑顔が見れて嬉しいのに同時に堪らなく切なくなった。僕はその不思議な気持ちから逃れるように悠馬くんから汗をかいたラムネを受け取った。カラン、と中のビー玉が小さく音を鳴らし僕に悠馬くんと二人っきりの空間を余計に意識させる。悠馬くんの事は一目惚れした時からずっと見ていたけれど相変わらず悠馬くんと二人きりになるのは緊張する。悠馬くんを見ているといつも勝手に鳴り出す心臓のドキドキと悠馬くんと二人きりでいるという緊張のドキドキが混ざりあっていつもの倍、ドキドキする。隣にいる悠馬くんにまで聞こえてしまうんじゃないかってくらい鼓動を早くする僕の心臓。お願い、静かにしていてよ。悠馬くんに僕の気持ちがバレてしまう。
「体調、どう?」
「へ…?体調?あ、うん、さっきよりかはだいぶ良くなったよ。…あの、ありがと…」
 ゴクリと美味しそうにラムネを飲む悠馬くんに続くようにラムネを飲む。カラカラに渇いた喉に冷たいラムネが流れ込む。ピリリと多少の辛みはあるものの喉を潤すには充分だ。ぷはっと小さく息を漏らすと悠馬くんはこちらを向かず小さくポツリと呟いた。
「良かった」
「へ…?」
「また、泣いてンのかと思った。」
 海を真っ直ぐ見つめる悠馬くんの瞳には何が映っているのだろう。眠たそうな瞳にある感情は中々読むことができない。分かるのはその瞳がどこまでも優しいということだけ。僕はそれ以上何も言わない悠馬くんの顔を覗き込む。「どうしたの、」と声をかけると海を見つめていた悠馬くんと目があった。
 ザザーン、ザザーンと波の音が遠くから聞こえる。周りには海に訪れている人たちの雑踏。僕は黙って僕を見つめる瞳を見て一瞬息が止まった。だって、そこにあったのは。
「…泣いて、ないよ…」
 そこにあったのはどこまでも続く彼特有の優しさと、淡い色をした心配の色だった。
 僕が掠れた喉から絞り出した声でそう答えると、悠馬くんはまた「良かった」と呟いた。そして、心配そうに見つめる僕の頭をゆっくり、ゆっくりと優しく撫でてくれた。バスの中でもそうしてくれたように悠馬くんに撫でられるのは気持ちが良い。好きな人に撫でてもらえてドキドキと胸が高鳴り、恥ずかしくなるが悠馬くんだとそれ以上に安心する。大きくてゴツゴツとした手のひらはまるで悠馬くんそのものだった。僕は目を閉じ悠馬くんの手のひらの感触だけを楽しんでいると、悠馬くんはまたポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ始めた。さっきよりも優しく、さっきよりも穏やかに。ザザーン、ザザーンと流れる波音に合わせるように話す悠馬くんの声に耳を傾ける。
「お前が、泣いてんの見ると、凄く不安になるんだ。」
 初めて、悠馬くんの気持ちを聞いた気がした。



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