09



「田崎、着いたぞ」
 悠馬くんの声で目を覚ますとバスはプシューッと音をたてて止まった。気だるい体と眠気眼で辺りをキョロキョロと見回すと、電光掲示板には『○△□海岸』と表示されている。そして、窓の外に目を向けると幾分か先ほどまでのだるさが吹き飛んだ気がした。なぜなら、窓の外にはキラキラ光輝く真っ青な海が辺り一面に広がっているからだ。
「海だー」
 バス停が海岸より高いところにあるため海を見下ろす形になる。バスの中から見た海よりも随分と近くなった海は余計にキラキラと綺麗に光っており、磯の香りが鼻孔をくすぐる。あれほど、楽しみにしていた海が目の前にある。もう今すぐにでも駆け出したい気分だ。
「悠馬くんっ翔平くんっ!」
「美月ちゃん、もう体調は大丈夫かー?」
「うんっ!寝たからもう平気っ!それに海を見たら早く遊びたくなっちゃった!」
「そりゃ良かったわー」
 バス中とはうって変わって元気になった僕を見て翔平くんはアハハ、と笑った。少し呆れたように笑っているけれど翔平くんの瞳も海に釘付けになっていて、きっと海が楽しみなのだろう。そして直ぐに海に行くまでの道程を確認しに行った悠馬くんが帰ってきた。悠馬くんも「海だースゲー」と楽しそうに目の前の海を見ている。サワサワと吹く夏風が僕らの頬を爽やかに撫でた。遠くの方からは微かにザザアーンと波の音が聞こえる。
「ここから海岸までそんなに歩かないみたいだから。歩けるか、田崎」
「歩けるよ!ありがと!」
「よっしゃー!美月ちゃんも無事回復したわけだし、早速行きまっせー!海!ビバ海!」
「びば海!」
「ビバ海!」
 翔平くんの掛け声を合図に僕らは海へと続く坂道を駆け降りていった。

「よし、パラソル完成ー!じゃあ、田崎留守番よろしくな」
「美月ちゃん、ほんま大丈夫か?直ぐに戻ってくるから少しの間また寝ときぃ?」
「うん…ありがと…二人とも…楽しんできてね…」
 悠馬くんが海の家からわざわざ借りてきてくれたパラソルの下に座りながら、心配そうに僕を見つめる悠馬くんと翔平くんに僕は手を振りお見送りをする。なんで僕は一人海を目の当たりにしながらパラソルの下で二人をお見送りしているかと言いますと。「びば海!」と叫びながら病み上がりの体調で坂道を駆け降りるという無茶ぶりをしましたら、海に着く頃には見事に寝不足の身体はに気持ち悪さをぶり返した、と言うわけだ。それに気持ちが高揚した二人の足の早さに運動音痴な僕の足が追いつく筈がない。もうバテバテのフラフラだ。一応水着には着替えたものの悠馬くんに今のままで遊んだら本格的に体調を崩すと言われ、こうして大人しくお留守番をしている。
「あー…なぁにやってんだろ、僕…」
 流石夏休み、というのか沢山の人が海を訪れていた。そして、皆、当たり前だが楽しそうに海で遊んでいる。そんな楽しそうな雰囲気の中、僕は気持ち悪さが残る体でポツンと一人でいるなんて。楽しい雰囲気なんかこれっぽっちもない。僕だってお気に入りの浮き輪持ってきたのに。翔平くんという新しい友達と遊びたかった。それに折角悠馬くんと遊べるという距離を縮めるには絶好のチャンスなのに、これじゃあ縮めるどころかただのお荷物で嫌われてしまうだけ。何もかもが自分の弱さの所為でパァになってしまった。余りにも情けない状況で、流石に涙を堪えることができそうにない。僕は泣かないように、体育座りのまま膝に顔を埋めた。翔平くんも言っていたように寝れば治るかな。治ったら遊べるかな。ううん、このまま寝て起きたときには夢だったらいいのに。もう、このまま眠っちゃおう。
 遠くから聞こえる雑踏の中、また意識がどんどんと薄れっていった。

 どれくらい眠ったのだろう。
「ひゃっ」
 完全に夢の中へと行っていた僕の意識は突然首筋に触れた冷たさに現実へと引き戻された。
「あ、ごめん。寝てた?」
「…悠馬くん」
 後ろを振り返ると、綺麗に透き通った青いビンを2本持った悠馬くんがいた。



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