.*二上様から相互記念*.
今日は何の日?・1


暦の上では春だけど、まだまだ寒いこの2月には、心をときめかせる一大イベントがあるのです。
街にはピンクや赤のハートが溢れて、お店からは甘いチョコの匂いが漂う、そう、バレンタインデー。

愛しい人にチョコレートを贈りましょう、という言葉に誘われて女性は熱心にチョコを選んだり、作ったりします。
選ぶも作るも、込められた想いは同じ。恋する女性を応援するこのイベントは、なんともロマンティックじゃないですか!


「ばれんたいんってなに?」


あら?

きょとんとした声に振り向けば、ピンクの文字で『バレンタイン』と書かれたコーナーを見上げる2人の子供。誠と橙南です。
まだ幼稚園に通っている双子には、バレンタインの意味がよく解っていないようで口をちょっと開いて、例えるなら、ぽけーっとした顔でバレンタインコーナーを見上げています。


「なー、橙南。ばれんたいんってしってる?」
「しらなーい。誠は?」
「しらない。なんだろうな?」
「なんだろうね」揃って「んー」と考えだした双子は、やがて「そうだ!」と同じタイミングで叫ぶと、これまた同じタイミングで顔を見合わせて。


「「だれかに、ききにいこう!」」


と同じ案が浮かんだのです。
自分達の考えがとてもいいものだと思った双子は、早速行動を開始します。まず初めに質問する相手は、トモ兄こと高木。
海外のことをたくさん知っている物知りな彼なら、バレンタインが何かもきっと知っている筈だと思ったのです。

双子は、初めて聞いた言葉『バレンタイン』を忘れないように繰り返して言いながら、高木がいる自宅に向かって歩き始めました。


「「トモ兄、トモ兄!」」


家に帰った双子は、2階にある高木の部屋に駆け上がります。パタパタとかわいらしい音をたてて部屋に入ってきた双子に、パソコンで記事を書いていた高木の手は一休み。くるりと椅子を回転させて迎えます。


「どうしたツインズ?」
「あのね、トモ兄」
「ぼくたち、トモ兄にききたいことがあるんだ」
「俺に聞きたい事?」


なんだろう?と高木は首をかしげます。双子は揃って力強く頷くと、合図したわけでもなしに、声を揃えて言うのでした。


「「ばんたんってなに?」」
「ばんたん?」


高木は思わず聞きなおしました。
なんてことでしょう。双子は知りたい言葉を忘れないよう『バレンタイン』と繰り返しているうちに、『レ』と『イ』の音が消えてしまったのです。まさか忘れないように繰り返していた事が仇になるなんて!
これではバレンタインとは何なのか知りたがっているのが、高木に伝わりません。
そんな事に全く気付いていない双子は、目をキラキラさせて高木の答えを待っています。
果たして高木は何と答えるのでしょうか。


「ねーねー、トモ兄。はやくおしえて」


橙南がせっつくと、高木は「うーん」と何か考えています。もしかして、双子が間違えて言葉を覚えていることに気付いたのでしょうか。


「ばんたん、っていうのは全部のことって意味なんだ。準備が整うことを準備万端っていうだろ?」


残念、気付いていませんでした。
折角教えてくれた高木には悪いのですが、双子が知りたいのはそれではありません。かといって、高木が双子の本当に知りたい事を察するのも無理な話で、聞いていた双子も何か違うと感じていました。


「ねー、トモ兄」
「ちょっと待て、誠。電話だ」


パソコンの隣に置いてある電話を取るのを見て、双子は諦めたように顔を見合わせると高木の部屋から出て行きました。
続きを教えてもらおうとおもったけど、これ以上仕事の邪魔をしてはいけません。
仕方がないので双子は再び外に出ました。
この時間だと、まだ宇井は帰ってきません。宇井が帰ってきたら真っ先に『ばんたん』がなにか教えてもらおうと双子は決めたのです。
それまでは公園で遊んで、時間つぶしです。


「あれ?ツインズじゃないか?」


ツインズと呼ばれて、双子は声のする方を見ました。そこには4、5人の人がいましたが、どの人も宇井と同じ蒼夏高校の制服をきています。そして、その中に1人だけ知っている人がいたので、双子は喜びました。


「阿部くん!」
「ほんとだ阿部くんだ!」


双子が見つけたのは、宇井が通う蒼夏高校の男子テニス部部長の阿部真司です。友達と一緒にいるようですが、阿部はその友達と二、三言葉をかわすと別れて、ツインズの方へやってきました。
屈んで双子と目線を合わせると阿部は「2人だけ?」と尋ねます。


「宇井の奴、まだ帰ってきていないのか?」
「まだきてない。がっこうおわったの?」


いつもより早い時間なのに、と橙南が疑問に感じていると阿部は「テスト中だからな」と答えました。
テストが何か解らない双子ですが、その時は宇井が早く帰ってくるのを知っています。だからテストはいいものなんだ、そう双子は思っているのです。



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