宝小 零さまからFreeNovel☆ .*1月1日、今日の出来事。*. 「起きて、もう朝だよ。1月1日。新しい年が始まったんだよ」 誰かが僕の体を優しく揺すっている。 この感じだと……レンかな? 新しい年が始まったって、そんなの言われなくてもわかってるよ。 一緒に除夜の鐘を聞きながら、年越しそばを食べたじゃないか。 近所の神社まで、初詣だって行ったし。 おかげで寝るのが遅くなっちゃたんだから、もう少し寝かせておいてよ。 「ねえ、起きてっててば。早く起きないと布団ひっぺがすよ」 それは困る。しっかりと布団の裾をつかんで。これで大丈夫。 「10秒以内に起きて。10、9、8、7……」 突然強い力で、体を転がされた。まだ7までしか数えてないのに! 「うわわっ」 ふかふかあったかな布団を奪われ、冷たくてざらざらの畳の上に頬を打ちつける。 1月の刺すような冷気が瞬時に僕の体を包み込んだ。 「さぁぁぁむぅぅぅ!!」 覚醒しきらない頭を抱え、なんとか視界の隅に映った、たたまれた布団の間に上半身をねじ込む。 「これが本当の頭隠して尻隠さずってやつだね、なんて、国語の勉強してんじゃないんだよ」 パジャマ代わりのスウェットを捕まれ、布団から引きずり出される。 「寒いよーっ! 鬼っ! 悪魔っ! こんなひどい仕打ちを弟にするなんてっ!!」 「なに言ってんの? 弟は俺じゃん」 「……あり? いっちゃん?」 僕のスウェットを掴んで仁王立ちしていたのは末っ子・いっちゃんだった。 朝ご飯前だって言うのに、早くもお正月の正装・羽織袴に着替えてる。 「なあんだよぉ、こんな早く起こしてー」 「なんだよじゃないよ。もう8時すぎてるんだから。さっさと起きて、飯食って、アレやらないと」 「アレ?」 いっちゃんは目を輝かせ、鼻息荒く、言った。 「今年は絶対負けないからっ!」 「……そう、頑張って」 正直、僕はどうでもいいんだけどなあ。 「あけましておめでとうございます」 お気に入りの桃色の振り袖を身にまとい、レンは深々と僕らに向かって頭を下げる。 「こうして5人そろって新しい年を迎えられたこと、大変嬉しく思います。今年もみんな仲良く過ごしましょうね」 「はーい」と僕、ジュリー、いっちゃんの三人でお行儀よくお返事。 「では、早速羽つきトーナメントを始めましょうか」 「の前に、初兄はどーすんのよ?」 ジュリーが呆れたように後ろを指さす。 玄関の前の折りたたみイスに座ったまま、動かないハツ。 超低血圧なハツは、覚醒するまでに時間がかかる。 いっちゃんに無理矢理起こされ、なんとか着替えまでは済ませたけど、まだ半分〜8割は夢の中みたい。 「仕方ないわね。どうせ5人じゃ一人あぶれてしまうし、初亥はシードということにしましょうか?」 レンの言葉に僕らは頷く。 5人でトーナメントだと、2回しか試合できないもん。せっかくやるなら一試合でも多くやりたいしね。 「では一組目、れんれんVS豹くんの試合をさくっと始めよう」 いっちゃんが元気よく言った。 僕らは毎年1月1日に、兄弟5人でトーナメント戦をやっている。て言っても、羽つきトーナメントは今年が初めて。 前年までは郷土かるたトーナメントをやってたんだけど、家の中でどったんばったん大騒ぎした挙げ句、襖やら障子やらに穴を空けちゃって(主にジュリーが)、去年、とうとう母さんからかるたトーナメント禁止例が出されてしまった。 仕方ないんで、今年から羽つきトーナメントに変更になった、というわけ。 まあ、僕らは楽しく遊べれば、何でもいいんだけどね。 羽根つきの公式ルールは知らないから、僕らの自己流ルールでやる。 ルールなんてあるようで、ないものなんだけど。 まず、テニスやバドミントンとは違うから、コートやラインなんて存在しない。 とにかく打って、とにかく打ち返す。 どんな打ち方をしてもいいし、どこに打ってもいい。 どんな理由があろうと、打ち返せなかった方の負け。 5ポイント先取したら試合終了。勝者は敗者の顔に落書きをしていいという特権つき。 他所じゃ絶対に通用しないであろう、萬屋家オリジナルの滅茶苦茶ルール。 こんなんでも、誰も文句言わないんだから、すごいよね。 「行くよー」 コーンといい音をたてて、羽が飛んでいく。 レンは空を見上げ、タイミングを計りながら、落ちてきた羽を下から羽子板で打ち返す。 「はいっ」 大きく弧を描いて飛んでくる羽。ここだと思うタイミングで、板を振る。 「行ったよー」 「はーい」 カーン。コーン。 軽やかな音。 僕が打つ。レンが返す。 「あ、ごめん」 「大丈夫」 僕は袴、レンは振り袖。お互いに動きづらい格好をしていながらも、確実に羽をつく。 「やっぱり、羽根つきはこのラリーが楽しいわよね」 羽を打ち上げながら、レンはふふっと笑う。 「だよねー」 羽つきに限らず、テニスでもバドミントンでも卓球でも、僕らはいつでもこんな感じだ。 いかに長くラリーを続けられるか。 僕とレンにとっては、勝敗よりも、そっちの方が大事なんだ。 「そういえば、中学の時、体育でテニスあったじゃん?」 「あったわねえ。あの時も、確か一度だけ、私と豹雅で試合をしたことがあったわよね」 「そうそう。でもさあ、なんかラリーが続いちゃって、勝負にならなくて、結局一時間まるまる、ラリーだけで終わっちゃったんだよね」 「先生に『次の授業に差し障るから、いい加減にやめなさい』って止められて。あれがなければ、もっと続けられたのにね」 「だから、今日は限界まで挑戦してみようよ。時間はたっぷりあるんだし」 「いいわね。とりあえず100回は越えたいわね」 「この調子なら軽いよ。100回と言わず、1000回目指そうよ」 と提案したところで、 「「冗談じゃないっ!」」 と外野からダブルで怒鳴られて、びっくりした僕は、思いっきり空ぶってしまった。 「あーあ。せっかくいい感じだったのにー」 「今のは樹里と伊吹が大声だしたせいなんだから、点数はつけないわよ?」 「あのねえ! そっちの二人はそれでいいかもしれないけど、こっちは早く勝負したくてうずうずしながら待ってんだかねっ! ラリー1000回なんてバカなこと言ってないで、さっさと終わらせてよっ! 勝負する気がないなら交代してっ!」 羽子板が折れんばかりに両手で強く握りしめるジュリー。 いっちゃんも手の中のペンを弄びながら、口を尖らせ、不満を漏らす。 「そーだよー。俺なんか暇すぎて、もう、はっちゃんの顔にイタズラ書きしちゃったんだからー」 見ればハツの目の周りは黒丸で囲まれ、左頬にはいびきを表す、「Zzz」なんて文字が書かれてる。 「どうせ書くなら、もっと面白いこと書けばよかったのに」 「まあ、豹雅。何を言うの。そういう問題じゃないでしょう?」 「じゃあ、どういう問題?」 「マジックが問題よ。羽つきに水性マジックだなんて、邪道だわ。墨と筆まではいかなくても、せめて、筆ペンは使わないと、お正月らしさがでないじゃない」 そういう問題でもないような気がするけど、レンが大まじめな顔で言うから、僕は否定できなかった。 「あー、なるほどねー」 「なるほどじゃねーよ! そういう問題でもないから! てか、どうするの!? 交代するの、しないの!?」 「あーやだやだ。新年早々、怒鳴り散らしちゃって感じわるー……ていうかあ、誰も寝てるはっちゃんの顔にイタズラ書きしたことは咎めないんだね」 いっちゃんは、何故か寂しげに言った。 で、ジュリーに怒られ、ラリーを続けるのを禁止された僕とレンは、とにかくラリーが続かないよう、一生懸命お互いに変なところへ打ち合うようにした。 が、もともと羽つきはラリーを続けることに意義がある! と思いこんでいる僕とレンだから、ラリーはなかなか途切れず続いてしまったため、見かねたジュリーから、古今東西ゲームをやりながら、ラリーをするように命じられた。 「それって羽をつきながら、お題にそった解答をしていくっていうやつよね? たしか」 「昔、そんなのテレビで見たような気がする」 あれは羽つきじゃなくて、卓球だったけど。 「で、お題はどうするの?」 どこから持ってきたのか、ミカンの皮をむきながら、ジュリーといっちゃんは顔を見合わせ、しばし黙考する。 「山手線の停車駅とかは?」 「あんた、山手線の停車駅全部いえるの? 解答が正しいかどうか、あたしらが判断しなきゃいけないんだからね」 「無理。じゃあ、周りに海がある都道府県をあげていくとか?」 「『海がない』じゃなくて、『海がある』方なの?」 「だって海なし県って、そんな数ないじゃん?」 「あたし、地理苦手なんだけど」 「俺も。でも、地図を片手にやれば大丈夫っしょ?」 「なんでもいいから、さっさと始めて、さっさと終わりにしてよ」といっちゃんは、ミカンを丸ごと一個、口に放り込んで言った。 いっちゃん、めんどくさくなってきてるからって、そんな投げやりな言い方はないでしょう。 というわけで、改めて「古今東西ゲーム・海あり県編」をやりながらの羽つきを開始した。 そして、試合は3分で終わった。僕のストレート勝ちだった。 「こんなこと言いたくないけどさあ、お姉って実はすっげぇーアホなんじゃないの?」 恥ずかしそうに羽子板で顔を隠すレンに、ジュリーは嫌みったらしく言う。イラついてるせいか、容赦ないな。 「レン、何度も確認したけどさ、『周りに海のある都道府県』の名前を挙げるゲームだってわかってたんだよ、ね?」 レンはこっくりと首を縦に振る。いっちゃんは腹を抱えて笑って、 「れんれんの中では、栃木も群馬も長野も埼玉も山梨も、海がある県として認識されてんだー。うけるんですけどー」 「だって、そんな……突然、海のある都道府県の名前を挙げろって言われても、とっさに出てこなくて……とりあえず何か言わなくちゃと思って、地元と近隣県を適当に……」 「近隣県て、東京だって千葉だって神奈川だって茨城だって静岡だっていいじゃん! 何でよりによって海のない県ばっか挙げんのよ!? 何かおかしいって思わなかったの!?」 「そんなに責めないでよぉ……」 レンは羞恥のあまり俯いて、耳まで赤くしちゃってる。 いやあ、でも、適当に言ったのが、全部海なし県だってって言うのもすごいよね。ま、でも、勝負は勝負だから。 嫌がるレンをジュリーに押さえてもらって、顔にマジックで文字を書いていく。 右頬に×印、左頬には『もっと頑張って』のメッセージ。 「ひどぉい、こんなこと書くなんて」 レンは鏡を片手に、恨めしげに呟く。勝負は勝負だから。 「あー、おかしかった」 いっちゃんは満足げに言って、「さてと」と羽織を脱ぎ捨てる。 袖が邪魔にならないよう、たすき掛けもして。気合い十分。 ジュリーも動きやすいよう、たすき掛け&おはしょりで準備万端。 「今年こそあんたに吠え面かかせてやるから、覚悟しなっ!」 ビシっといっちゃんに羽子板を突きつけて、ジュリーは言い放つ。 「それ毎年言ってるけど、一回も実現できたことないよね。つーか吠え面とか言って、羽つきごときで泣いたりしないから」 いっちゃんは、羽子板で肩をとんとん叩いて、「なに一人で熱くなってんの?」とジュリーを挑発するような表情を見せる。 「とにかく勝負だっ! あたしが勝ったら、約束通り、あんたが壊したゲーム機弁償してもらうからね! 最新式の!」 「はいはい、わかってますよー。じゅりじゅりも俺が勝ったら、約束通り、お年玉の半分寄越しなよ?」 ジュリーといっちゃんてば、いつのまにそんな約束したんだろ。しかも、これって、ジュリーにとってはけっこう損な約束だと思うんだけど……気づいてないのかな? 「いざ尋常に!」 「勝負!」 ジャンケンの結果、はじめのサーブはいっちゃんからすることになった。 軽く羽を投げて、下から板を思いっきり振り上げるいっちゃん。 「あ?」 「あらあ、」 「あれー」 羽は天たかーく舞い上がり、屋根の上を飛び越え、尚も上昇していく。 「あちゃー、高く打ちすぎたか」 苦笑いするいっちゃん。 「どこ打ってんだよっ!」 ジュリーは舌打ちし、顔をしかめる。 太陽の光に目がくらみ、羽が今、何処にあるかもわからない。じっと上を見てたから、首も疲れちゃったし。 ちょっと下向いて、首のマッサージ。を、していた矢先だった。 「あ、上、危ないわよ」 「あ、服にゴミ付いてるよ」て言うのと同じくらい軽い言い方をされたから、危険をすぐには察知できなかった。 「え、なに?」 「上」と言われて、反射的に上を向いたら、スコーンっといい音たてて、羽が僕の額に直撃した。 「痛っ! なに!? 痛い!」 「ほらあ、だから危ないって言ったじゃない」 レンに間延びした声で、「仕方ない子ねえ」みたいに言われて、ちょっとだけムッとした。 羽が落ちてきてるならそう言ってよ! 本当に危ない時は、もっと危機迫った感じで危ないって言わないと、わかんないんだからレンはっ! 「大丈夫? 顔に傷は付いてない? 顔はあなたの商売道具なんだからね」 レンのひんやりした手が額を撫でる。 顔がいいのを褒めてくれるのは嬉しいけど、別に商売なんてしてないし、なんかそれ以外にいいとこないみたいで、その言い方やだな。 「赤くなってるけど、大丈夫そうね」 「豹くん、ごめんねー」 いっちゃんが笑って手を振ってる。本当に悪いと思ってるのかどうか。 とんでもない打ち方だったけど、どんな打ち方をしようが、どこへ打とうが自由、というルールだから、羽を返せなかったジュリーの負け。ってことで、これでいっちゃんに1ポイントが入った。 「むちゃくちゃ過ぎだろ、あんなの」 ぶつぶつ文句を言いながら、ジュリーは羽を高く投げる。 落ちてきたところを、これでもかというくらい力一杯、羽子板をぶちかました。 「うるぁぁぁっ!!」 という、それ、女子としてどうなの? な雄叫びつきで……。 豪速球ならぬ豪速羽? が、いっちゃんめがけて、飛んでいく。 いっちゃんは顔の前で羽子板を構えていたけど、すぐに何かを思ったかのように、構えをとき、さっと身を引いた。 目標を失った羽は、いっちゃんの顔の脇をすり抜け、ガシャーンっという派手な音をたて、ガラス片とともに、物置の中へ消えていった。 ああ、やっぱり、今年もやらかしたか。 「バカ伊吹! どーすんだよ、あんたのせいで窓ガラス割っちゃったじゃねーかっ!!」 ジュリーは羽子板を投げ捨てると、猛然といっちゃんに突進した。 そこでいっちゃんを怒るのは間違いだと思うよ、ジュリー。 「つーか、あんた今、わざとよけただろ!? 何でよけんだよ、打ち返せよ!」 「だって、アレ、まともにうけたら、危ないんじゃないかなあって思って。なんせ、じゅりじゅりのクソ力でぶちかまされた羽だし。いいじゃん、ガラス割れたって、じゅりじゅりのポイントになったんだから。同点だね」 怒り狂うジュリーを前にしても、いっちゃんは飄々としている。マイペースだな。 「樹里、女の子なんだか言葉遣いには気をつけなさい。伊吹もお姉ちゃんにクソなんて言わないの」 こんな状況で、喧嘩を止めるよりも、言葉遣いを正すレンもマイペース。それもどうなの? まあ、一番のマイペースは、こんなに周りでギャーギャー騒いでるのにも気づかず、寝こけるハツだろうけども。 「本当にどーすんだよ! 次、なんか壊したら、正月恒例トーナメント半永久的に禁止にするからねって釘刺されてたのに!」 それをわかっていながら、何であんな力一杯打つんだか。 「まあまあ、樹里。みんなでお母様にごめんなさいすればわかってもらえるわよ。だから、そんなに取り乱さないの」 レンに宥められて、ジュリーもちょっと落ち着いた。 「ええー、なーんで俺、悪いことしてないのに謝んなきゃなんねーの? 意味わかんない」 せっかくジュリーが大人しくなったんだから、黙っててくれればいいのに、いっちゃんはわざとやってるのかと言いたくなるくらいに、空気の読めない発言をする。 「じゅりじゅりが悪いんだから、一人で謝ればいいじゃん。関係ない俺ら巻き込まないでよ」 しれっとした調子のいっちゃんに、ジュリーがムッとしたように口を開きかけるのを、慌てて押しとどめる。 「いっちゃんの言い分もわかるよ。でもね、羽つきトーナメントは、みんなでやってることだし、やっぱりこういうのは連帯責任になるんじゃないかな?」 それでもいっちゃんは納得いかないようで、 「でもさあ、悪いのはじゅりじゅりでしょ? 母さんに物壊すなって言われてたのに、力一杯羽ついて割っちゃったんだから。それを俺らが一緒に謝るのはおかしくない?」 「仕方ないだろ、羽子板握ったら勝手に力が入っちゃったんだからっ」 決まり悪そうに言うジュリーに、いっちゃんは、 「じゅりじゅりは、ちゃーんと頭が働いてないから駄目なんだよ。きっとあれだな、その身長と胸にとられて、脳みそまで栄養回ってないんだ」 と、とうとう口にしてはいけない、ジュリーのコンプレックスについて触れてしまった。 殺気を感じて、とっさにしゃがみこんだ。次の瞬間にはジュリー渾身の右ストレートが、いっちゃんの頬にお見舞いされた。 が、間髪入れずに、いっちゃんがジュリーの頬に平手打ちを返す。 乾いた音が響き、ジュリーは張られた頬を押さえながら、怒りで爛々と燃える目をいっちゃんに向ける。 「女殴るなんてサイテーっ!!」 「男を殴る女だってサイテーだからっ!!」 いっちゃんも負けじと言い返す。 「弟のくせに姉を殴るなんて生意気なんだよっ!」 「姉だったら弟殴っていいってのかよ!?」 姉とか弟とか言ってるけど、二人とも同い年じゃないか。 そう言う僕は、一応二人の兄ではあるけど、間に挟まれておろおろするしかない。 下手に口出したり、手を出したりしたら、僕が痛い思いをすることになるっていうのは、今までの経験からよくわかっている。 でも、誰かが止めないと、このまま本当につかみ合い、殴り合いの壮絶な喧嘩に発展しちゃう。 もし、新年早々くっだらないことで喧嘩してるのがお母さんの耳に入ったら、当然、関係ない僕ら3人も連帯責任でお説教くらうに決まってる。トーナメント中止の罰ぐらいじゃすまされない。 冬休み中の外出禁止例とか、兄弟間での会話禁止例とか……お年玉全額没収とか!? あーどうしよう!? やっぱり、僕がなんとかしなくちゃかな? イヤだな〜……でも、ほかに何とかできる人いないもんなあ。 と思った直後、 「いい加減になさい、このおバカどもっ!」 今まさに、お互い胸ぐらつかんで、殴りかかろうとしていたその瞬間、レンの握った羽子板がいっちゃんの横っ面を思いっきりひっぱたいた。 不意打ちにたまらずよろけるいっちゃん。 ポカンとするジュリー。 レンは鼻息荒く言い放つ。 「まったく何なのあなたたちはっ。年が明けてまだ半日もたってないっていうのに、もうくだらないことで喧嘩して、おバカにもほどがあるでしょっ! 羽つきごときで喧嘩なんて、17歳にもなって恥ずかしいと思わないの!? ちょっとそこのおすわんなさいっ!」 レンに命じられ、ジュリーといっちゃんは、すごすごと、玄関前に置かれた折りたたみ椅子に座る。 「だいたいにして、伊吹のあの発言はなんですかっ! あなたに悪気はないのはわかっているけど、言っていいことと悪いことがあるでしょ。考えが足りないのは伊吹も一緒! 樹里っ! あなたもあなたよ。いくら頭にきたからって、突然パンチはないでしょうよ! あなたは一応お姉ちゃんなんだから、もう少し寛大な心で弟の無礼な発言を受け止めて上げなきゃ。ましてや女の子がグーで殴るだなんて……」 レンの説教集中砲火に、さすがの二人も、肩を落とし、縮こまっている。 自業自得と言えばそれまでなんだけど、ちょっと気の毒だよね。 一度お説教モードに入ったら、ちょっとやそっとのことでは止まらない。 こうしてレンのお説教は、騒がしさに隣で寝ていたハツが目覚めるまで、30分近く続いた。 喧嘩した罰として、ジュリーといっちゃんは失格扱いとなり、試合も1対1の痛み分けということに相成った。 と、いうことで……。 「では、決勝戦、はっちゃん対豹くんの試合を始めまーす」 いっちゃんの声に、僕は羽子板を構える。 ハツも羽子板を握りしめてはいるけど、ただ握りしめて突っ立てるだけにしかみえない。 もしかして、まだ、覚醒してないのかな? 「ハツ、行くよー」 一応、声をかけて。ハツは頷いたけど、真剣に羽子板をやろうとしているようには見えない。 本当に大丈夫なのかな。 軽く羽を投げて、下から板を振り上げる。 山なりに飛んだ羽は、真っ直ぐハツの方へ落ちていく。 ハツは羽の軌道を目で追いながら、ここぞというタイミングで羽子板を振った。 ブンッという力強い音はしたけど、カーンとも、コーンとも言わなかった。 「……あれ?」 ハツは打ち返したはずの羽を探して、きょろきょろ辺りを見回している。 が、残念なことに、羽は、ハツの足下に落ちていた。 「外したみたいだ」 ハツは羽を拾い上げて、しみじみと呟く。 「そのようだね」 わざわざ報告してくれなくても、見ればわかるよって思ったけど。 これで僕に1ポイント。 「次はハツのサーブだよ」 ハツは頷いて、僕がやったみたいに、羽を軽く放り投げて、斜め下から羽子板を振り上げる。 今度はブンっという音とともに、スカッという音も聞こえた気がした。 羽は、誰かが落として忘れていったマスコットみたいに、どこか寂しげな様相で、ハツの足下に落ちていた。 「……外したみたいだ」 二度目は重々しかった。 「……そう、みたいだね」 僕も、つい重々しく答えてしまう。 「初亥、頑張ってー!」 「初兄、真面目にやんなよ!」 「はっちゃん、もしかして、まだ寝ぼけてんじゃないのー?」 玄関前の椅子に座る3人は、ハツがふざけてるんだと思って、激励、非難、ひやかしの声を送る。 「ええと、じゃあ、サーブ行きまーす」 何でもいいから、今度こそハツが打ち返してくれますようにと祈りながら、羽を高く打ち上げる。 「オーラーイ」 野球のフライのように、手を挙げ、後ろに下がりながら、落ちてくる羽を待ちかまえるハツ。 なんとなく嫌な予感。 「オーライ、オーライ、オ……」 羽は無情にも、待機していたハツの頭上を越えていった。 これで僕に2ポイント。 「……。」 ハツは後ろを振り返り、無言で地面の羽を見つめている。 玄関前で応援していた3人も、何も言わない。 僕が目をやると、3人とも関わりたくないとでもいうように、さっと目をそらした。 ハツがふざけてるんじゃなくて、本気でやってるんだって、ようやくわかったみたい。 さあて、どうしよう、この空気。 「羽つきって、難しいんだな」 落ちていた羽を拾い上げ、ハツは感慨深げに言った。 「でも、まだ3点差だからな。逆転のチャンスはある」 ハツは自分に言い聞かせるように呟き、羽を投げて、サーブの体制に入るも、もちろん空振り。 しかし、当の本人は、この重苦しい空気に気づいてないのか、気づいてて気まずいから素知らぬ振りをしているのか、 「何で当たらないんだ? 羽子板が悪いのか?」 と首を傾げている……あれが演技だったら、すごい。 「つーか、悪いのは羽子板じゃなくて、はっちゃんの運動神経の方だから」 次の瞬間、両側から頭を叩かれて、いっちゃんは「何で?」と不思議そうな顔をしていた。 重苦しい空気を吹き飛ばそうとしたのか、素だったのかはわからないけど、今の発言はいらなかったね。 「ということで、第1回羽つきトーナメントの優勝者は豹雅に決定しました。おめでとう」 「ありがとー……は、いいんだけどー」 釈然としないことが一つ。 「何で優勝したのに、顔に落書きされなきゃいけないの?」 一応、抵抗はしたんだけど、ジュリーにがっちりホールドされて、逃げ切れなかった。 「だって、豹雅だけ何も書いてないと、仲間外れにしたみたいに思われてしまうでしょ?」 誰もそんなこと思わないって。 「なんて書いたの? 鏡見せてよ?」 「だーめ。これから記念撮影するから、出来あがった写真を見て確認して頂戴」 記念撮影って、 「なんの記念?」 「豹雅が第1回羽つきトーナメントで優勝した記念。さあ、並んで」 レンは楽しそうに笑って、カメラを――よりによってポラロイドカメラ(何で今時ポラロイド!?)――を胸の前に掲げた。 なんだかね。 「自撮りって難しいな」 空にめいっぱい手を伸ばして、カメラの角度を気にしながら、ハツはぼやく。 「初亥、もう少し、上向きにした方がいいんじゃないかしら?」 「ねえ、これ、本当に全員入るの?」 「あーもうっ。うざいから、あんまくっつくなよっ」 「しょーがないじゃん、こうしなきゃ頭切れちゃいそうなんだからー」 「というか、これ、俺が撮るより、樹里か伊吹に撮ってもらった方がいいんじゃないか? 高さ的に」 「じゃあ、あたし撮る!」 「俺も撮りたい! 中腰キツい!」 「あ、みんな、ちゃんと羽子板持った? 羽子板がないと、なんの記念撮影だかわからなくなってしまうから」 「え、持ってないんだけど」 「取りに行ってくれば?」 「もう、いいや。めんどくさいから、これで撮ってしまおう」 「え、だから、あたし撮るって!」 「行くぞー。はい、チーズ」 じーっと機械音がして、ようやく無理な体勢から解放された。 ハツを囲んで、印画紙を見つめる。 レン以外は、みんな鏡を見てないから、自分の顔に何が書かれているのか知らない。 ドキドキしながら待っていると、ようやく浮かび上がってきた。 「お、出てきた……何だ、これ」 「よかった。樹里がぎりぎりだけど、ちゃんと写ってるわね」 「……ねえ、意味わかんないんだけど」 「伊吹っ! てめえ、あたしの顔になんてこと書いてくれたんだよっ!」 「じゅりじゅりだって、ひどいこと書いてくれてんじゃん。それに、俺は事実しか書いてないし―」 ケラケラ笑ういっちゃんに、ジュリーがつかみかかる。 「うわあ、メスゴリラが怒ったあ!」 「ふざけんなっ! 待て、バカ伊吹!」 「ああ、ダメよ、その顔で表に出ては!」 お調子者いっちゃんと、怒り心頭のジュリーは、レンの制止の声も聞かず、外に飛び出していった。 「本当にあの二人はしょうがないんだからっ」 「しかし、元気だなあ」 レンもハツも呆れたように言った。 僕は、苦笑しながら、もう一度、写真を見る。 初亥の顔には目の周りに黒丸、右頬には『うんち(笑)』、左頬にはいびきを表す『Zzz』の文字。いっちゃんが書いたんだろうけど、『うんち』って、運動音痴の略だよね。 レンの顔には僕が書いた、×印と、『もっと頑張って』の終わりに、ハートマークがジュリーによって書き足されてた。少しでも可愛く見せるためだとか言ってたけど、どうなんだろう。 ジュリーの顔には、いっちゃんが書いた、『ブス(笑)』と『メスゴリラ(爆)』……これはひどい。 ジュリーがいっちゃんの顔に書いた、『アホの末っ子』、『バカ』もそれなりにひどいけど。 そして、優勝した僕の顔には、王冠の絵と、『NO.1』の文字。 それは、まあいいとして、なぜか右頬には『みかんアイドル』とか書いてある……何なんだろう、これは。 「新年早々、いい思い出ができてよかったじゃないか」 顔にけっこうなこと書かれてるのに、ハツは満足そうに頷いている。 「今年も賑やかで楽しい一年になりそうだな」 「騒々しいとか、騒がしいとか、やかましいとかの間違いでしょ?」 「あら、騒々しくたって、騒がしくたって、やかしくたって、楽しい一年になればそれいいじゃない?」 レンの言葉に、「そうだな」「そうかもね」とハツと僕は笑う。 「まあ、とりあえず、今年も」 「うん、宜しく」 「交換日記もね?」 「うん、頑張って続けようね」 そうして僕ら3人は笑いあった。 表からは、いっちゃんの笑い声と、ジュリーの怒声が聞こえてくるけど、ここだけは別世界みたいに、すごい平和だった。 えー、そんなわけで、新年早々マイペースだったり騒がしかったりする僕ら5人ですが、これからも仲良く交換日記していきます。 今年も、萬屋兄弟をどうぞよろしくお願いします。 <FIN> back/top 《感謝御礼from*美砂》 宝小 零さまのお宅にて配布されている、正月フリー小説をいただいてきましたよー(*^▽^*) 五つ子ちゃんの交換日記から、お正月の出来事ということのようです♪ 五人仲良く羽根つきをする光景が目に浮かびましたVv 豹雅くんがお布団に潜りkおっと(*´∀`*)← そんな可愛い寝起きシーンもしっかり妄想させていただきましt(←やめれw 美砂も一緒に羽根つきしたい!!美砂も初亥くんの寝顔にすmおっと(*´∀`*)← 宝小さま♪この度は可愛い可愛いお話をありがとうございましたVv |