.*小仁沢様から相互記念*.
Who is he?...【7】

 そしてあたしたちは場所を変え、近所にある人気のない公園にやってきた。

 目の前のベンチには眉を寄せ、あきらかにおかんむりな香澄と、悪戯をしかけた子どもみたいな顔でニヤニヤ笑う少年。

 しかしその目線は洋ちゃんにしか向いていない。

「で、これはいったいどういうことなの?」

 香澄の刺々しい声に思わず身をすくめてしまう、あたしと洋ちゃん。

「何で洋くんがあのお店にいたの? 偶然じゃないでしょ? 窓の外から監視してたんだって?」

「ごめん」

「一舞が謝ることないよ。どーせ洋くんに無理やり付き合わされたんでしょう?」

「でも、洋ちゃんも別に悪気があってやったわけじゃないんだよ。ちょっと事情があって」

「どんな事情だか知らないけど、こそこそと嗅ぎまわられるのって、あたし好きじゃない。さっき聞いたんだけど、洋くん、昨日も家の近くにいたんだってね? ましてやハルちゃんに訳のわからない言いがかりをつけただなんて、失礼だよ」

 それは違う。言いがかりをつけたのはそっちの少年で、洋ちゃんはむしろ被害者だ。でもそんなこと言ったらますます風当たりが強くなっちゃいそう。

 どうでもいいけど、香澄の隣りに座る少年、『ハル』ていうのか。たぶんハルオとかハルヒコとかって名前なんだろうな。

「あのね、香澄。さっきからさも俺が悪いみたいな言い方して怒ってるけど、ちったぁ俺の話も聞きなさいよ」

 責め立てられるばかりでムッとしたように洋ちゃんは反論する。

 香澄は香澄で、真っすぐ洋ちゃんを睨みつけるように見あげ、

「じゃあ、どーいうことなのか、最初っからちゃんと説明してよ」

「簡単なことだよ。俺もそっちのチャ、ギャル男の洋くんもお互いにお互いを『香澄の男』だって勘違いしたわけさ」

 洋ちゃんが口を開くよりも早く、少年ハルちゃんがさらっと軽く言ってのけた。

「洋くんも一舞ちゃんも、香澄と照くんのことは知ってんだろ? きっと俺らが二人でいるとこを目撃して、香澄が浮気をしてるんじゃないか? なんて思いこんじまったんだよ。それでことの真相を確かめようと、俺の前に現れたり、カフェまでついてきて様子をうかがってたってとこだろ」

 「違う?」と訊ねられ、洋ちゃんとあたしは、なんとなく釈然としないなーと思いつつ、首を縦に振る。

「なぁんだ。そんなことか」

 香澄はため息をつき、改めて洋ちゃんを見上げる。

「つまり洋くんは、あたしのことを、婚約者がいながら平気で他の男と浮気をするサイテーな尻軽女だと思ってたわけね」

「そうは言ってないだろ!?」

 刺々しい言い方に、洋ちゃんはたじろぐ。

「そうじゃないよ、香澄。あたしも洋ちゃんも本気で香澄のこと心配してたんだよ? 香澄の気持ちが本気ならそれはそれで仕方ないけど、もし香澄が遊ばれてるだけだったらどうしようって思ってて」

「ああ、それは本当だよ。一舞ちゃん、俺が香澄のこと誑かしてるだけだったらフルボッコにしてやるなんて言ってたし」

「そーなの? 一舞は怖いなぁ」

 そう言いながらも、香澄は嬉しそうに笑った。

「それじゃあ、一舞たちが勘違いした、あたしの浮気相手の種明かしでもしようか」

 香澄は立ち上がり、手を返して、少年の方へ向ける。

「こちらはあたしの友人、長谷部 小春さん。19歳の女子大生です」

「――は?」

「――え?」

 咄嗟に言葉が出ず、洋ちゃんと顔を見合わせ、香澄の言ったことを確認する。

「今、19歳って……?」

「てか、女子大生って……」

「「――嘘だぁ!!」」

 思わず洋ちゃんと声が被る。

 香澄とハルちゃんはクスクスおかしそうに笑った。

「まぁ、そう思いたくなるのも無理ねーよな。俺だって、女に見られるの嫌だからわざとこーゆー恰好で、こんな喋り方してるわけだし」

 「でも女なんだよ、残念ながら」と言いながらハルちゃんはあたしたちの目の前に運転免許証を差し出す。

 生年月日は19年前、性別もちゃんと「女」と記載されている。

「……マジか」

「でも言われてみれば女の子に見えなくない」

 洋ちゃんに「中学生男子」と話を聞いていたから、ずっとそう決め付けていたけど、そんな思い込みとっぱらったら、ちゃんと少し幼い顔したボーイッシュな女の子に見える。

「一応説明しておくと、ハルちゃんとはあたしが中学生の頃からの付き合いなの。しつこいナンパ野郎どもに絡まれてるところを助けてくれて、それがきっかけで仲良くしてもらってるんだ。機会がないから他の人には紹介してなかったけど、当然、照はハルちゃんのこと知ってるよ」

「……そんな」

 一人愕然とする気の毒な洋ちゃん。

 今回の香澄浮気騒動はすべて洋ちゃんの勝手な勘違いだったんだもの、無理ないか。

「悪かったね、洋くん。香澄は俺のだ、なんて紛らわしいこと言わなきゃよかったんだろうけど、俺も君のことを香澄狙いのナンパ野郎だと思ってたからさ」

「いえ、別に」

 意気消沈する洋ちゃんを尻目に、ハルちゃんこと小春さんはあたしに笑顔を向ける。

「一舞ちゃんと俺は似てるって、よく香澄が言ってたよ。一舞ちゃんと初めて出会ったときも、男に絡まれてるとこを助けてもらって、あやうく女の子相手に恋するとこだったんだって」

「だって今はこんな美人さんだけど、あの頃の一舞って今のハルちゃんに負けず劣らずの男前だったんだよ」

 確かに髪は短かったし、短気で、喧嘩なんかもしょっちゅうしてたけど、あたし、そんなに男の子みたいだったかな?

「香澄は他の誰よりも、一舞ちゃんの話をしてるときが一番楽しそうだったよ。どんな子なのかずっと気になってたんだ。だから、こんなかたちだけど、今日、君らに会えてよかったよ」

 小春さんは口元をほころばせ、穏やかに微笑んだ。

 さっきまでのイタズラ小僧みたいな顔とは全然違う、大人びた表情にちょっとだけドキッとする。

「こんな奴だけど、これからもよかったら仲良くしてやってよ」

 差し出された右手。握手を求められてるんだと、一拍遅れて気付き、慌てて手を取り、頭を下げる。

「あたしの方こそ、よろしくお願いします」

「いいよーそんなかたくなんなくても。俺のことはハルとでも呼んでくれ。香澄もそう呼ぶし」

 満足そうに笑う小春さんにつられ、あたしも笑ってしまう。

「じゃあ今度は三人でケーキ食べにいこうね!」

 香澄があたしの背中に抱きつき、はしゃいだ声を上げる。

「せっかくハルちゃんが女の子同士でいくとサービスしてくれる、ケーキがおいしいカフェ見つけたよって教えてくれたのに、店員に男だと勘違いされてサービスしてもらえなかったんだよ!」

「その代わりにカップル限定セットなんての食ったんだけどな」

「あー、あれおいしかったねー。今度、照もつれていこう」

「あらら、洋ちゃんの予想はことごとく外れたわけね」

 あたしのもらした呟きに香澄は首を傾げ「何の話?」と訊ねる。

「ん、ちょっと。ね、洋ちゃん?」

 振り返ってぎょっとする。携帯電話を耳に当てたまま、洋ちゃんが真っ青な顔をしてたたずんでいた。


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