その消息は・・・(CRIMSON Baby*番外編) |
男はいつも旅の途中であった。 故郷に残してきた家族は在れど、縁など疾うに切られてしまった身の上。それ故、何処へ行こうとも自由。 渡り鳥の如く、時折その羽根を休めては再び飛び立つ。縛られることなど皆無。 行先など決まってはいないが、それすらも風の赴くまま。気ままな一人者である。 彼女と出会ったのもまた、羽根を休めたそのひと時の、更に一瞬の出来事であった。 行く先々でありとあらゆる異性とのロマンス。そんな経験はあれど、あれほどに身体に走る電流を心地よく感じたことは無かったであろう。 彼女は美しかった。更にその声は、例えるならば、世界一美しい鳥の囀り。世にも美しい旋律。 彼はその一瞬で恋に堕ちた。始めて人生の終わりを考えた。そう。彼女と添い遂げる夢を見たのだ。 出会ったのはロンドン。その場末にある小さなバー。 お世辞にも広いとは言えないそのステージで、煌びやかなドレスを纏い、スタンドマイクを前にして歌っていた美女。 すぐに声をかけることは出来なかった。 彼にしては珍しいことであるが、それも仕方のない事。本気で心を奪われてしまえば、いつもの自分を見失ってしまうもの。それこそが恋である。 どうにかして繋がりを持ちたい。その一心でバーへと通い詰めた。 目が合う程度に発展したのはいつの頃からだったであろうか。 気づけば二年もの間、彼はその街に留まっていた。そしてある日。とうとう彼女からの微笑みを受け取った。 更に体を駆け巡る電流。彼はその日。初めて彼女に声をかけた。 最初はその場で共にグラスを傾けた程度。バー以外の場所で会うようになったのは何時からだっただろう。 時にはレストランで食事を共にし、時には昼の太陽の下を手を繋いで歩いた。 瞬く間に関係は親密な物へ発展し、跪いてのプロポーズ。 安物の指輪であった。しかし彼女は瞳を潤ませ、頷いてくれた。 共に日本へ行こう。そして新たな家族を作ろう。幸せな未来を・・・そう願って、二人は共に歩む決意をしたのだった。 眞継 「・・・今回は随分と長い滞在のようですね」 紗梛 「そんなに嫌そうな顔をしないでください、お父さん」 眞継 「・・・まあ。勝手に翔のもとへ行かなかっただけ良しとしましょう」 時は過ぎ、此処は、いつもは誰も居ない筈の理事長室。 多忙な時間の合間を縫って、息子からのアポイントに応じた父親が、珍しくそこに居た。 眞継 「日本にはいつまで?」 紗梛 「来週には出ます」 眞継 「そうですか。また探しに行くのですね」 紗梛 「はい」 眞継 「・・・しかし、君はいつまで未練を追う気ですか」 紗梛 「わかりません・・・ですが、僕は諦めきれないのです。彼女が生きている限り、探し続けたい」 眞継 「彼女がそれを望んでいなくても・・・ですか?」 紗梛 「はい・・・彼女にとっては、もう家族などどうでもいいのかもしれませんが」 眞継 「まったく・・・君たちは子供を何だと思っているんですか。君たちの軽率な行動によって、彼らがどれほど傷ついているのか、想像もできないのですか?」 紗梛 「・・・」 眞継 「いったい誰に似たのか・・・きっと私なのでしょうが、困ったものですね。そういえば・・・香澄の母親には会えたのですか?」 紗梛 「いえ。所在はわかりましたが、既に新しい家族を・・・」 眞継 「そうですか・・・逆にそれはそれで良いのかもしれませんね。幸い香澄は母親の顔を覚えていませんから」 紗梛 「・・・」 眞継 「それに、あの子には支えとなってくれる兄が居ます」 紗梛 「・・・」 眞継 「しかし問題はその兄の方ですよ。彼は全てを見て聞いて体感して育っていますからね。今更、君が母親を連れ帰ったところで、受け入れる気持ちは無いでしょう」 紗梛 「・・・」 眞継 「私も、会わせる気などありません。わかっていますね」 紗梛 「・・・はい」 眞継 「この今になっても尚。君は自分の事しか考えていないのですから。そのままではいつまで経っても勘当自体、解くことはできません」 紗梛 「・・・わかっています。お父さん」 眞継 「・・・それでも、そう呼ぶことを許しているのは、何故なのかわかりますか?」 紗梛 「・・・」 眞継 「君が私の息子だからです」 紗梛 「・・・」 眞継 「君がどんなに間違いを犯そうとも、君が私の息子である事実は曲がらないのです。私の心が其れを曲げないのです。これが親の心なのですよ」 紗梛 「・・・お父さん」 眞継 「君の罪を許してくれるのは、私でも、況してや君が追い求める彼女でも無い。許される日が来るかさえもわからないのです。それでも君は、責任を持って、心して、罪を悔い改めなければなりません」 紗梛 「はい・・・」 眞継 「次はいつ帰るのか、わからないのでしたね。何処へ向かうのですか?」 紗梛 「・・・宛てはまだ」 眞継 「・・・そうですか」 紗梛 「・・・あの・・・お父さん。日本を発つ前に、遠目からでも子供たちの顔を見て行っても良いでしょうか」 眞継 「遠目なら構いません。接触はダメですよ。混乱させるだけですから」 紗梛 「・・・はい」 眞継 「・・・気を付けて行ってきなさい」 紗梛 「はい・・・では」 ほんの束の間の親子の会話。息子はそそくさと理事長室を後にする。 父は知っていた。 彼がなぜそこまでして探し続けるのか。それは、彼が改めて、自分の『家族』を再生しようとしているからだ。 しかし父も孫も、それを望んではいない。そして父は知っている。 息子の探し人が、何処にいるのかを・・・。 何故、ここまで探し続けても会えないのか。 それは。 息子の変化を願う父の、身を切るような想いから生まれた。 愛故の厳しさだった。 眞継 「無事に戻る事を願っていますよ・・・」 ・・・小さく呟かれた本心は、誰の耳にも届くことは無い。 |