翔くんのトラウマ(TrinityB 参照)※
2013/03/24



 あれは・・・俺が幾つの時だったかな。

 あの頃はまだ、じじいも家で寝起きしていたから、何の不安も無く穏やかに眠りにつく事が多かったと思う。


 他に誰もいない筈の一階から物音がし始めたのは、窓の外から草木の触れ合う音が聴こえてくるほどに、とても静かな夜。

 真夜中だったってこと以外よく覚えていないが、とにかく途端にうるさくなった記憶がある。

 階段を駆け上がる足音は不規則で、おかげで少し眠りが遮られた。それでも起き上がる気にはなれず、物音を無視して毛布に包まっていたんだ。


 遠くなったり近くなったりを繰り返していた足音は、少しすると方向が決まったらしくどんどん近づいてくるように感じた。そしてその音は、俺の部屋の前でピタリと止んだ。

 さすがに不安になった。いったい誰なんだって思ったし、真夜中だったし・・・その頃は霊的な何かの存在だって信じていたんだから。


 デカいだけで色々古びていた家。俺の部屋の扉だってそれなり。重く軋む蝶番の音が静かな部屋に微かに響いた。

 入ってきた。そう思った時には体が言う事を利かなくなっていた。

 金縛り?馬鹿な。今ならこう思う。でも当時の俺は恐怖感に飲み込まれそうになっていた。


 毛布が持ち上がり、其処に籠っていた体温が逃げていく。代わりに入り込んだ空気がヒンヤリと冷たくて震え上がった。

 そっと触れてきた他人の体温は、なんだか異常に熱く感じた。

 俺の体に感じる体温はパジャマ代わりのTシャツの上を撫でると、裾から潜り込み、素肌に触れた。

 それまでとは違う意味で悪寒が走ったのは、その手の動きが酷く艶めかしかったからだ。

 ヤバイと感じた時には既に仰向けで、ベッドに張り付けられた様な状態になっていた。

 想像していなかった現象に、恐ろしさで堅く閉じていた瞼を思わず開いた。

 視界の端。自分の首元に見える見覚えのある髪。



「え、えぇっ!?」


 驚きは意図せず声になった。

 いやらしく俺の体に覆いかぶさり、首元に顔を埋めて、そこかしこをまさぐっている人影の正体。気付いたところでどうすればいいのかわからない。

 俺の声に気付いていないのか、その行為はエスカレートしていく一方だ。

 当時の俺でもなんとなくわかっていた。保健室で見たことがある光景。必死に逃げようともがく幼馴染の姿と自分が重なった。

 気持ち悪さは最上級のところまで来ている。最早俺の叫びは声にすらならない。

 こんな時どうすればいいんだっけ?

 アイツを助ける場合なら不意打ちの飛び蹴りで解決してきたけれど、自分自身の危機はどう回避すればいいんだ?

 単純に暴れたところで勝てないのは、体格差から明白だろう。

 今ならどんな状態でも負ける気はしないが、当時はまだ俺も小さくて華奢だったからな。

 とにかく何とかしないと、着衣をはぎ取られてしまったら負けだと、必死に逃れる方法を考えていた時だ。

 「・・・ん?・・・おや?・・・キミこんなの付いてたっけ?」という声と共に、するりと撫でられたその感触。

 一気にとどめを刺された気分だった。

 最大の気持ち悪さで大声が出たのだ。

 あんな場所。誰にも触られた記憶なんか無かった。

 薄い布越しにハッキリと感じたあの異物感はどうにも耐え難かった。


 俺の大声に驚いたのか、覆いかぶさっていた重みが飛び退いた。同時に部屋の扉が勢いよく開き、救世主の登場。

 いつの間にか目元が濡れていた。怖いとかじゃない。気持ち悪かったからだ。しかもその原因がしっかりと目に映ったから堪らない。

 暗闇の中、目の前にあったのは、じじいに羽交い絞めにされている親父の姿。

 久し振りの再会だった。その前に会ったのさえいつだったのかも覚えていないくらいに久し振りの・・・。

 酒に酔っているのか、はたまた如何わしいネタでも食ったのか、うつろな目でこちらを見遣るとニヤリと微笑んだ。

 微笑んで、俺を見て、母の名前を口にした。


 この日以来、じじいは俺の身辺に見張りをつかせた。そして親父は、勝手に実家にすら立ち入れず、俺の傍にも寄れなくなった。

 俺はというと、母親との記憶も手伝って、安眠することができなくなった。

 実の父親に襲われるなんて最悪だ。人生最大の汚点だ。信じられない。



「翔とお母さんはそんなに似てるの?」


「覚えてません」


「ふぅん・・・そう。そういうことがあったんだ?それじゃあ俺が一生懸命口説いても落ちないよねぇ。ふふ」


「落ちませんね。まあそういうことなんで。純粋に先輩後輩としてよろしくお願いしますよ」


「だけどよく話してくれたね。勇気が必要だったでしょ。相当な」


「そうですね・・・家族の汚点でもありますからね」


「ふふふ・・・ありがとう。おかげで対策が打てるよ」


「は?」


「いや、こっちの話」


「・・・」


 そういえばあの夜以来、そういう目で俺を見る輩と出会うことが多くなった気がする。隙を見せた俺にも原因はあったが、彰さんと初めて会った時も危なかった。

 親父の場合、正気の時は安全だが、彰さんの場合は正気でも危険だ。

 一応、まだまだ気を付けよう。


 





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