初心恋[うぶこい]フィルターC(LongNovel/CRIMSON Baby*番外編)
2013/02/06




「行くぞ」

由紀
「は、い?」


 先輩の号令はいつも通りなのですが。瞬間的に首を傾げてしまいました。


(な、なぜこんなに密着しているのでしょうか)


 「行くぞ」という声と共にわたしの肩に回された先輩の腕。まるで肩を抱いているようなこの体制が問題なのです。

 身長差はかなりの大差ですから、身体を支えるという意味ではまるで役に立っていないようにも感じるのですが。

 一旦冷静になってしまったわたしの精神は、その理由を考えて足を動かすことさえ忘れています。



「何をしている。行くぞ」

由紀
「・・・あの、先輩?」


「なんだ」

由紀
「せめてどちらに行かれるのか、ということと・・・この状態の意味を教えていただけませんか?」


「・・・察しが悪いな」

由紀
「すみません・・・」


「俺の視界は今、とんでもなくぼやけている。何故なら、俺の視力を補助すべき物がまるで役に立たない状態だからだ」

由紀
「・・・」


「目的地は何処かなど、今の状態から考えれば察することは容易いと思うが」

由紀
「・・・・」


 それはどうでしょうか・・・とにかく今の先輩が、足元すらまともに見えないのだという事はなんとなくわかりました。そして、わたしに甘えてくださっているのだということも。


由紀
「わかりました。安全にお連れできるように頑張ります」


「頼んだぞ」




















 わたしはどうにか先輩を支えながら、古い家屋にありがちな急傾斜の階段を下り、外では障害物に注意して駅までの道を歩きました。

 ほんの少しとはいえ此方に身を預けた状態でも、そこかしこに躓いたりよろめいたりする先輩を、可愛らしく感じてしまうのは最早わたしが重症だということなのでしょうか。


 数十分ほど電車に揺られて辿り着いた場所は、いつもの見慣れた街並みとは違う風景。そこからタクシーに乗り、先輩の指示に従ってたどりついた目的地。


(・・・病院)


 門前に建っている看板を確認すると、間違いなく「眼科」の二文字。


(眼科・・・)


 まさか休日に営業している病院があった事には驚きましたが、それよりも、先輩がここまでして通院しようと思った理由が気になりました。


 院内に入っても、全てにおいてわたしの補助が必要なご様子の先輩に、自分にはまったく縁の無い場所であるだけに何かと戸惑いながら同行する中、とても新鮮だった事が一つ。


 先輩が他人の言う事を聞いて動いている光景です。


 「はい」「わかりました」という言葉と共に指示通りに動く素直な先輩の姿が、どうしようもなく愛おしいのです。

 眼鏡型の検査器具を装着して、技師の方の言葉に答えている横顔を見ながら、無意識に顔がほころびます。

 きっとこんな姿を目の当たりにできるのは今やわたしだけなのかもしれない・・・と、なんだか嬉しく思ってしまう不謹慎な自分。

 この気持ちが、先輩にバレないことを願うばかりです。



《つづくのか。そうか》





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