探偵ごっこ【1】(TrinityB番外編)
2012/10/04



透瑠
「ホントに行くの?」


「行く」


 呆れた表情で尋ねる透瑠に対し、意を決した表情の純。


透瑠
「まったく心配性なんだから・・・」


「お前があんな話聞かせるから悪いんやで」

透瑠
「だって翔は違うって言ってたじゃん」


「言うてたけどもやな。もしかしたら何かの事情でホンマの事が言えへんだけかもしれへんやんか」

透瑠
「え〜?」


 爽やかに晴れた夕暮れの屋上にはいつもの二人。もう一人はというと、今夜の約束のために教室で独り、帰り支度をしているようだ。


 純が心配しているのは翔の私生活。学校内でもその片鱗は見せてはいたものの、透瑠から思わぬ話を聞いてしまったがために、それが実はとんでもない事態なのではないかと不安を募らせているのだ。


透瑠
「行くのはいいけど〜・・・俺、一度家に戻ったら明日の登校時間まで外に出られないんだよね〜」


「・・・え、なんで?」

透瑠
「透瑠くんの事情はそのうち教えてあげるけど、今はそこをどうするか考えてよ」


「・・・あぁ・・・せやったら、俺ん家で着替え貸すで?それやったら家戻らんでもええやん?」

透瑠
「俺に着られる服ある?」


「あるやろ普通に」


 段取りが決まると二人はそそくさと屋上を下りて、翔が帰宅しないうちに行動に出る。尾行相手を見失うわけにはいかないからだ。


 数分後。息を切らして到着した古びたアパート。

 道中に何度も休憩をとろうとする透瑠をおぶっていた純は、部屋に入るなり倒れ込む。

 乱れた呼吸を整えて、涼しい顔で部屋に上がり込む透瑠へ向けてまずは一言。



「お前、実は結構な体力あるやろ」

透瑠
「え〜?ま〜さか〜」


 透瑠はそう言って、許可もとらずに冷蔵庫を開け、二人分の麦茶をコップに注いだ。


透瑠
「ほら。早く着替えて出ないと、翔が学校出ちゃうよ?」


「・・・そうやな。ほんなら着替え持ってくるわ」


 疲れた体をどうにか起こし、透瑠から差し出された麦茶を一気に飲み干すと、タンスの中から二人分の着替えを取り出し、透瑠の目の前に置いた。

 二着分のTシャツとジーンズ、どちらも純の私服。

 母親と二人暮らしなのだから当然、透瑠に貸せる服といえば彼のものしかないのだが、透瑠はなんだか不満そうだ。


透瑠
「サイズ大きくない?」


「普通やって。つーか俺のサイズやで?デカないよ」

透瑠
「・・・いや、俺には大きいよ」


「そんなん言うたかて、それしか無いねんもん。嫌なんやったら裸で行け」

透瑠
「あ。そういう事言う〜?一人じゃ寂しいっていうから一緒に行くのに〜」


「お前がわがまま言うからやん」

透瑠
「事実を言っただけでしょ〜?もー」


 ぶつくさと文句を言いながら、着替えに取り掛かる。脱ぎながらも未だ納得いかないという表情の透瑠を見遣って、ふと純は気が付いた。

 ベストを脱いで、シャツを脱いで、露わになったその体格。

 咄嗟に、見てはいけないんじゃないかという羞恥の感情で目を背けた。

 男同志なのに可笑しな感覚だと、自分でも感じているのだが、やはり目のやり場に困るのだ。


透瑠
「ほらー。大きいじゃーん」


「・・・」


 着替え終わった第一声が「やっぱり大きい」という訴え。
 純の並みな体格にはちょうどいい服。しかしソレを着た透瑠は、まるで彼氏の服を借りた女子のような見た目になっていた。

 これはこれで驚くべき光景なのだろう。しかし純は納得していた。

 制服を脱いだ段階で、透瑠の訴えが真っ当なものであることはわかってしまっていたのだから。



「でもアレやな・・・」

透瑠
「なにさ」


「確かに大きいんやろうけど・・・足の長さはちょっと足りひんくらいなんやな・・・」

透瑠
「ん?あー、あはは。うん。透瑠くんの方が足長いー」


 そんなポイントで不満が消えたのか、透瑠はちょっとだけ浮かれだした。

 とにかく着替えも終わって、透瑠の不満も解消されたところでさあ探偵ごっこの始まりだ。

 古びた小さなアパートを後にし、再びターゲットの元へ急ぐ二人。


 透瑠によってゆったりと着こなされた自分の私服、その背中を見ながら、純は考えていた。

 翔の事も確かに心配だが、透瑠もなんだか心配だ。

 いつも体育は見学していたから気が付かなかったが、制服をダボつかせて隠していたのだろうかと思うと、あの体を見てしまったのは良くない事なのではないかと。

 全身がまるで女子のように華奢な透瑠を、こうして夜の繁華街に連れ出してしまって良かったのだろうかと。そう思ってしまったのだ。


 そしてあの、我が身に沸いた羞恥の感覚はいったいなんだったのだろうかと。これも不思議でならなかった。







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