慎一の悩み
2011/09/10



慎一
「ただいまー」

 時刻は深夜。にも拘らず、彼女の部屋に帰宅した、男子会直後の慎一である。


「ただいまって、自分の家か」

慎一
「・・・そのうち自分の家になる予定です。つーか、こうちゃん寝たんだね?」


「・・・最近、夜更かしが辛いらしいよ。年だね」

 慎一の、何気ないプロポーズをスルーして質問に答えるのは、恋人の綾。

 ちなみに”こうちゃん”とは、綾の父親のことである。


「楽しかった?」

慎一
「うん。ヤス君の親友くんが野獣でびっくりだったよ」


「や・・・ふぅん」

 深夜の彼女の部屋には仄かにシャンプーの香り。

 お風呂上がりの濡れた金髪をタオルで拭いながらベッドに腰掛け、彼の話を聞いているすっぴんの横顔が可愛らしい。

 近頃では、彼女の素顔は慎一しか見られないものとなっている。

 それがなんだか特別な気がして、思わずその横顔に口付ける。


「わ!?」

慎一
「すっぴんの方が好きだなー」


「あのねぇ・・・」

 突然の攻撃に身を捩り、文句を言おうと振り返った綾だったが、慎一はどうもスイッチが入ってしまったらしい。そのまま覆い被さられてしまった。


「ちょっと・・・慎ちゃん?」

慎一
「・・・」

 特に抵抗などはしないが、気を許してもいない様子の彼女を見下ろして、慎一は少し迷い始めたようだ。

 だが、ここまでしておいて迷うのはどうだろう?

 とにかくどうにかこの雰囲気を継続させようと試みる。

 優しく、優しく、愛撫するかのような口付け。

 綾と慎一はかれこれ3年の付き合い。キスだけは上手くなったと自分も思っている。

 彼の首に腕を回し、どんどん深くなるそれに、満更でもない態度を見せる綾。

 ホッとしながら、さて次のステップに進もうと動いた右手。

慎一
「!!」

 途端に舌を噛まれた。それも思いっきり。

慎一
「〜っ????」


「お前が野獣だろ」

 ちぎれんばかりに噛まれた舌。その痛みに耐えて口元を抑え、涙目で彼女を見下ろす慎一を、恋人は蔑んだように見上げている。


「それはもう少し我慢しようねー」

慎一
「・・・いつまで?」


「アタシが卒業するまで、いや、独立するまで?」

慎一
「・・・それっていつの話?」

 途方もなく遠い未来に思えたのか、慎一の表情が曇る。

 それを見た綾は、襟をただし、釈明を始めた。


「・・・アタシさぁ。親元に居るうちは、そういうの嫌なんだ」

慎一
「・・・」


「てか嫌なわけじゃなくて、今はまだ・・・って意味で。だから、待てないなら振ってくれて大丈夫だから」

慎一
「・・・」

 見た目の派手さとは裏腹なこの身持ちの固さ。これこそが、慎一が惚れた綾を物語っている。

 3年間の間に、何度かこういうチャンスはあった。でもなかなか応じてもらえなかったのは、こういう事情からなのか。

 ようやく理解した慎一は、若干落ち込み始めた恋人を宥めようと手を握る。


慎一
「大丈夫。待てる」

 いつもの笑顔で頷くと、綾も安堵の笑顔を浮かべた。


 慎一の悩み。それは、3年間も付き合い続けている彼女と進展が無いこと。

 誰にも言えないが、未だに未経験だということ。

 これを広夢に知られたらどうなるか・・・

 恐ろしい想像に身震いしながら、彼女の部屋を後にした。









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