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慎一 「ただいまー」 時刻は深夜。にも拘らず、彼女の部屋に帰宅した、男子会直後の慎一である。 綾 「ただいまって、自分の家か」 慎一 「・・・そのうち自分の家になる予定です。つーか、こうちゃん寝たんだね?」 綾 「・・・最近、夜更かしが辛いらしいよ。年だね」 慎一の、何気ないプロポーズをスルーして質問に答えるのは、恋人の綾。 ちなみに”こうちゃん”とは、綾の父親のことである。 綾 「楽しかった?」 慎一 「うん。ヤス君の親友くんが野獣でびっくりだったよ」 綾 「や・・・ふぅん」 深夜の彼女の部屋には仄かにシャンプーの香り。 お風呂上がりの濡れた金髪をタオルで拭いながらベッドに腰掛け、彼の話を聞いているすっぴんの横顔が可愛らしい。 近頃では、彼女の素顔は慎一しか見られないものとなっている。 それがなんだか特別な気がして、思わずその横顔に口付ける。 綾 「わ!?」 慎一 「すっぴんの方が好きだなー」 綾 「あのねぇ・・・」 突然の攻撃に身を捩り、文句を言おうと振り返った綾だったが、慎一はどうもスイッチが入ってしまったらしい。そのまま覆い被さられてしまった。 綾 「ちょっと・・・慎ちゃん?」 慎一 「・・・」 特に抵抗などはしないが、気を許してもいない様子の彼女を見下ろして、慎一は少し迷い始めたようだ。 だが、ここまでしておいて迷うのはどうだろう? とにかくどうにかこの雰囲気を継続させようと試みる。 優しく、優しく、愛撫するかのような口付け。 綾と慎一はかれこれ3年の付き合い。キスだけは上手くなったと自分も思っている。 彼の首に腕を回し、どんどん深くなるそれに、満更でもない態度を見せる綾。 ホッとしながら、さて次のステップに進もうと動いた右手。 慎一 「!!」 途端に舌を噛まれた。それも思いっきり。 慎一 「〜っ????」 綾 「お前が野獣だろ」 ちぎれんばかりに噛まれた舌。その痛みに耐えて口元を抑え、涙目で彼女を見下ろす慎一を、恋人は蔑んだように見上げている。 綾 「それはもう少し我慢しようねー」 慎一 「・・・いつまで?」 綾 「アタシが卒業するまで、いや、独立するまで?」 慎一 「・・・それっていつの話?」 途方もなく遠い未来に思えたのか、慎一の表情が曇る。 それを見た綾は、襟をただし、釈明を始めた。 綾 「・・・アタシさぁ。親元に居るうちは、そういうの嫌なんだ」 慎一 「・・・」 綾 「てか嫌なわけじゃなくて、今はまだ・・・って意味で。だから、待てないなら振ってくれて大丈夫だから」 慎一 「・・・」 見た目の派手さとは裏腹なこの身持ちの固さ。これこそが、慎一が惚れた綾を物語っている。 3年間の間に、何度かこういうチャンスはあった。でもなかなか応じてもらえなかったのは、こういう事情からなのか。 ようやく理解した慎一は、若干落ち込み始めた恋人を宥めようと手を握る。 慎一 「大丈夫。待てる」 いつもの笑顔で頷くと、綾も安堵の笑顔を浮かべた。 慎一の悩み。それは、3年間も付き合い続けている彼女と進展が無いこと。 誰にも言えないが、未だに未経験だということ。 これを広夢に知られたらどうなるか・・・ 恐ろしい想像に身震いしながら、彼女の部屋を後にした。 |